かかりやすく、長引く
先週末くらいからどうもおかしいなと思っていたら、
やっぱり風邪を引いていたようだったので、
土曜日に病院に行って薬をもらった。
まだ症状は軽いから、すぐ治るって先生には言われたんだけど。

でも、未だに治らないんだよね。
薬ももう飲みきったんだけれど。

橋本病にかかってから、風邪を引きやすくなったし、
一度引くと長引くようになった。
免疫力が低下してしまうので無理もないのだけれど。

月曜日に鍼の先生の所に行って、
色々話をしてきたんだけれど、
血圧が低くなった話をしたときも、
「血圧は、あげるのは難しいのよねえ」って。

冬場の体調の悪さは、去年経験しているから大体判ってはいるし、
そのためにいろんなことをしてはいるから、
今年は自転車に乗ったりもできているけれど、
だるくて起きられないとかその辺は変わることがなく。

でもそれを言い訳にするのは嫌なんだよねえ。
まあ、無理しない程度にとどめる範囲で動きたいと思うけど。

風邪薬が切れたけど、明日は休診日かあ。

明後日もう一度病院に行って薬を処方してもらうしかないかな。
少し熱っぽかったり、症状が改善しないから……。

バイトを入れたりしてしっかり休みが取れないから、
治るまで寝てるとか難しいけれど、
こういうこともいろいろ予防策を考えていかないといけないなあ。
うがいとか手洗いとか。

こんな事に負けていられないもんね。
自分がちゃんと生きていくために。
ひとりでもちゃんと暮らして行かなくちゃ。

さ、愚痴っぽくなっても仕方ない。
今日は早めに寝ることにしましょう。
明日も昼間出掛けるしね。
明日は暖かいみたいだけれど。

仕事も残ってるけど、
明日明後日で終わらせることが出来そうだから、
無理しないで行こう。
自分と相談しながら、今日はもうおしまいって、自分がブレーキ掛けないと、
誰も止めてくれないからね。
自己管理も仕事のうち。

ということで、とりあえず横になって、
ゆっくりすることにします。

明日は少し良くなってると良いな。

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【2010/01/27 21:22】 | 闘病関連 | トラックバック(0) | コメント(2)
救いの手
3日続けて入ったアルバイト。
まだ最初っていうこともあるけれど、
かなりきついなあと1週間終わって思ってる。
体力的にも、精神的にもかなり疲れてて、
自分が、こんなにも時間の決まった仕事を、
こなすことが出来なくなっていることに、
正直、こんなに働けないんだ、っていう気持ちと、
やっぱりなあ、という気持ちが出てきて。

精神的なバランスが不安定になってきて、
ちょっとトリガーに対して敏感になってきていたり。

たった3日間で荒れていく部屋。
家事に手がつけられなくなってしまったり、
気持ちに余裕がなくなってしまったり。

しっかり眠らないとだめなんだなあという思いもあるし、
どこまでが限界なのかなあという気持ちもある。

ほんの少しのことで欠けていく爪。
橋本病では冬場、良くあることだけど、
深爪になりそうなほど欠けていく。

少しの水仕事であっという間に荒れていく手。
たった3日で、こんなになるんだって思った。
早めに皮膚科に行けるように、
福祉事務所に申請をしなければ。
セカンドオピニオンはいつ取りに行けるだろう。
来週行かないと、1月が終わってしまう。

その3日間の間に、来月のシフトを決めることになって、
この日は出られません、という話をすると、
他の店舗の方から電話があって、
こっちで人が足りないから土日は全部こちらでお願いできないか、とか。
いろんなお店から声がかかる。
……友達の経営するお店だし、
こういう使われ方になるのは覚悟をしていたけれど、
その3日間の間に行われたミーティングで、
自分のポジションについての話が出ていたようで。

今、西荻窪と東中野のお店での勤務の予定なのだけれど、
東中野の店長をしている方がずっとそこにいられるわけではないということで、
いないときの店長代理みたいな感じで考えているみたいよ、
と別のスタッフから言われたり。

確かに、いろんな販売や接客の仕事をしてきたから、
友達はそれを買っているのだろうけれど、
だからといって、かいかぶりすぎだよと思ったりもする。

仕事はとても楽しい。スタッフもみんないい人だし。
けれど、自分の体や心と相談しながら仕事をしていくことが、
こんなに大変なことだとは思わなかった。

慣れていないからだと思いたい。
慣れていないから疲れているだけだと。
3ヶ月くらい仕事をすれば一通りのことは出来るようになるし、
どこの店舗に行っても困ることはないと思う。
けれどそれまで自分が持ってくれるだろうか。

自分との闘いだよね。
私にとってはこんな些細なことがすごく高いハードルで、
でもそれを越えて行かなくちゃ行けないんだって、
これを越えられなかったら、その先はないんだって、
今はただ、思っていて。

そんなところにありがたい申し出が。

最初に鬱になった頃からお世話になっている鍼灸院の先生に、
保護を受けていても治療が受けられるか訊いてみたのだけれど、
鍼灸師会に登録していないところは無理らしく。
橋本病の症状が色々出ていても、
甲状腺の主治医は数値ベースでしか体調を見てはくれない。
だから、鍼灸の先生にその辺りを見て欲しいという気持ちが強くて。
でも無理なんじゃ仕方ないかな、と思ってた。

そうしたら、昨日、先生から電話があって、
ちょっとバイトをして欲しいの。その代わりに治療をするから、と。

とてもありがたい申し出に、電話を切って泣いた。
そうして気にかけてくれる先生の心の温かさに、
ただただ、涙が出た。

今日、お店でバイトした後、
お土産を持って先生の所にどんな仕事なのか内容を訊きに行った。

そうしたら、今先生も、元々の本院の人が足りなくて、
行ったり来たりしていることもあって、
ウェブサイトの更新が全く出来なくなっていて、困っているそうなのだ。

そう、サイトの更新作業のお手伝い。
慣れている作業だから、そんなに大変じゃない。

仕事が終わったら、治療をしてくれる、というのだ。
「物々交換みたいな事で申し訳ないんだけれど……」と先生はいうけど、
そんなことでいいのならいくらでも出来るし、
私は治療をしてくれることの方がずっとありがたい。

仕事は増えるけど、それで体調が少しでも良くなるのなら。

大変かも知れないけれど、先生は私のことをよく解っているから、
体調が悪かったりしたら電話してね、といってくれた。

爪がかけたり割れたりするのと同じように、
心が壊れてしまわないようにと思いながら、
いろんなことを考えていたけれど、
でもこんな形で救いの手をさしのべてくれる人もいる。

出来る限り、
自分が出来る限りのことをしながら、頑張っていきたい。
自分がまだ手が届かずにいることに手が届くように、
そしていつかは保護という立場から抜け出せるように、
病気とつきあいながら仕事をしていけるように、
いろんな足場を作っていきたい。
ともかく頑張ろうって思う。

今はきついけど、きついのは何でも最初だけって思いたい。
今まで頑張れたんだもの。
頑張ってこられたんだもの。
きっとこれからも頑張れる。

自分を信じたい。
自分の可能性を。

私のことを詳しく誰かが知らなくても。
例えば私が病気であることや、保護を受けているということを、
相手が知らなかったとしても、出来る限りのことを。
笑顔を忘れずに。

きっと出来ると信じて。

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【2010/01/22 22:36】 | 闘病関連 | トラックバック(0) | コメント(0)
出来ることと、どう考えても出来ないこと
昨日の午後、福祉事務所に行って、
メンタルケアのワーカーさんとの面談をしてきました。
地域のワーカーさんは男性で、
ちょっと前のめりな人なので私は苦手で。
セカンドオピニオンを取ることを提案したのも、
地域のワーカーさんだということが、
今回の面談で判明。

主治医にも友達にもいわれたけど、
1日生育歴を聞いたり、
ロールシャッハとか色々やったとしても、
「日常の稼働に関する可能性」なんて判らないと思うんだけどね。

その辺も含めて、ワーカーさんと話をしてきた。
私がかかっている病気については、
内科的な部分と精神的な部分が絡んでいる物なので、
冬場活動が鈍る、という話についても、
「まあ、動物としてある意味当たり前なのかも知れないですねえ」
とかいわれたり(笑)
そうなのか?どうなんだろう(笑)

ただ、今後の仕事についての希望や、
病気とのつきあい方について話すと、
そのワーカーさんはとても良く理解してくれて。

私自身は、保護という窮屈な立場から、
早く脱したい気持ちがとても強い、という話もしたし、
そのためには仕事もしたいけれど、
今、出版業界は本当にどん底の状態にあるから、
有名な作家さんでも仕事がないくらいの状況だということを説明し、
また、以前していた派遣の仕事もハードルが高くなっていることや、
自分が動けるのはどの程度になるのかといったことを考えた上で、
自分なりに出来ることを少しずつ形にしながら、
何でも良いから出来ることをして、
自分のスキルを鈍らせないことが今は大切だと思っていることや、
フラッシュバックに対する「対策」を今後どう考えていくかとか。

個人的にはある種の「曝露療法」的なことをしていて。
街に出るときには必ず薬とバッチのレスキューを持って、
iPodを持たずに出掛けることや、
自分にいろいろと言い聞かせることで、
子供に対する恐怖心を取り除く努力をしたり。
たとえば、子供服売り場に行っても、子供が泣いているとは限らない、
ということを言い聞かせたり、
子供が例えば泣いているところに行き当たっても、
様子を見て「この子はこういうことが理由で泣いているし、親御さんもちゃんと接してる、大丈夫」
と言い聞かせたり。

でも、正直、かなりどきどきするし、不安にもなるし、
呼吸もちょっと速くなる。
そうやって誤魔化せるケースの時は大丈夫でも、
一番苦手な、子供が泣いたままの状態で、親に放置されている状況は、
想像するだけで、フラッシュバックが起きたときと、
同じ様な身体症状が出てきてしまうくらい辛い。

ワーカーさんがどんな資格を持っているのか知らないけれど、
曝露療法を試せるのであれば、眼球運動を自分で用いるのはどうなのか、
といわれたけれど、
それはいくら何でも無理な話だと思う(笑)
EMDR自体をきちんと施術できる医師ですら数少ないというのに、
それを素人がやったら危険きわまりないことは確実であって。

だから、いったのだけれど、
今すぐ傷口を開けるのではなく、
過去のことはとりあえず置いておいて、
今このときを生きることを、
将来に向かってともかく生きることを考えたい、と。

ワーカーさんに「向上心が強いんですね」といわれた。
実際、鬱が寛解してからは、特にそうなのだけれど、
ともかく前向きに、ネガティヴな考え方をなるべく捨てて、
上手く付きあっていこう、という気持ちが強くて。

ひとりになってから、さらにそれが強くなったように思う。
ネガティヴな気持ちを持った人に足を引っ張られるような環境に、
自分を置くことは決してせず、
自分を理解してくれている人達の協力を得ながら、
前向きに、出来ることからしていこうと。

正直なんでも良いんだよね。
それがボランティアであろうと、なんであろうと。
私が出来ることを、精一杯していくことが出来たら。
そして、もっと自分が動けるようになったら。

実際去年よりは動けているのだから、
これからもずっと努力していけば、
状況も変わってくるかも知れない。

ともかく、病気に負けたりしたくないし、
自分がしたいと思う仕事をしたいと思うし、
そのためにいろんな事をバランス良く、
シンプルに見つめていくことも必要だと思うし、
自分自身と向き合っていくことは大切だと思っていて。

一生つきあわなくちゃ行けないのならそれでもいい。
でもそれを言い訳にしたり、それを理由に甘えるのではなく、
それを乗り越えていきたい。
まだ誰もしたことのないことを、ひとりでやってみたい。
……実際にはひとりじゃなく、
いろんな人の力を借りながらだと思うけれど、
そういうことに感謝しながら、生きていきたい。

ワーカーさんは最後に、
「じゃあ時を待つとしましょうか。
 もっと露出できるようになって、
 著書を手に出来るようになるのを楽しみにしてます」
と言ってくれた。

出来る限りのことを、精一杯していきたい。
その中でどういうバランスを取っていくと、
継続的に動いていけるのかも試してみたい。

まだまだこれから。今は道の途中にいるだけだもの。

負けないし、がんばるよ。
毎日を大切に、生きていくために。

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【2010/01/16 21:56】 | 闘病関連 | トラックバック(0) | コメント(0)
主治医とセカンドオピニオン
今日は1ヶ月ぶりの通院日。
なんか振り返ってみると、
この1ヶ月、いろんな事があったなと思ったり。

先生に、その後どう?といつもと同じように訊かれる事から始まり、
この1ヶ月にあった出来事を話す。

義母との別れや、バイトをした事、
福祉事務所の対応についてや、
セカンドオピニオンを国立か都立の病院で取るように言われた事……。

正直、セカンドオピニオンを取りに行くのは、苦痛。
この間、メンタルケアのワーカーさんと会ったときに、
生育歴を訊かれたときも調子を崩して帰ったし。
病院で待っているのは、たぶんもっと苛酷な事で。

主治医の先生はいう。
「そんな、1日行って話したところで、この診断書書けないと思うんだけどなあ」
実際、こういうケースはうちの主治医も初めてだという。

私もそうだと思う。
根掘り葉掘り生育歴や過去の虐待の事、
そしてフラッシュバック時の症状や悪夢とトリガーについて、
それから、いろんなチェックや検査が待っていると思う。
1日がかりでしたとしたら、翌日、家で寝込む事は確実。
そう思うと、気が重くて病院に足が向かない。

確かに私の生活は公費でまかなわれている事は事実だけれど、
1度だけしか会わないで診断を下す医師と、
もう10年来のつきあいになる医師の診断のどちらに信憑性があるのか。
薬の処方についても同じ事が言える。
様々な薬を服用していった結果、今の処方に行き着いているわけで。

主治医が言うように、あまり意味のある事には思えない。

まして、その後デイケアに通うように、とか、
そんな話が出たらたまらないというか。

こういういい方はしたくないのだけれど、
どうしてもネガティブな方向に気持ちを引っ張られる人達に囲まれて、
何かをする、ということがすごく苦痛に感じられるのだ。
私はちゃんと前向きだし、
今の「保護を受けている」という窮屈きわまりない生活から、
脱せるものならすぐにでも脱したいと思っているのだ。

でもまだ、自分で生活をきちんと賄えるだけの、
メンタルな強さや体力は持ち合わせていない。
バイトだって、スポットだったから出来たような物で、
翌日は日中へばってたし、
年末年始のバタバタから戻ってきてから、
ぼんやり過ごす毎日がずっと続いていた。
やらなければいけない仕事があったからどうにか動いたけれど、
それ以外は「きちんと生活している」とは言い難い。
どうバランスを自分で取るかという部分は、
自分にしか判らない事でもあり、
24時間ある中のどの時間をどう使う事で、
自分が心身共に良い状態でいられるかは、
その時のコンディションにもよるし、ひと言で伝えるのは難しい。

今月は忙しい方で、やる事も結構あるし、
それについて行けるかなと思ったりする事もかなりある。
でも、それを越えて行かなくちゃと、今は思ってる。
なんとか乗りきって行かなくちゃ、と。
自分には出来ると信じて。

見えない病気だから、わかりにくいのは事実かも知れない。
でも、別に働く意欲がないわけではなくて、
この状況から脱したいのは山々なのに、
不況だし、状況が許さないのも事実で。

私に出来る事がなんなのか、考えながら今は動いている。
ただそれだけの事なのだけれど、
セカンドオピニオンを取りにいって具合が悪くなったり、
メンタルケアワーカーさんに会って体調を崩すくらいなら、
正直、そっとしておいて欲しいと思うのが本音で。

でも、しばらくは頑張って面談にも通わなくちゃ行けないんだと思う。
向こうが心配すればするほど、締め付けが強くなってきて、
窮屈な想いをするのは自分だと判っているから。

主治医の先生はいう。
「この人には残って欲しいなと思う人ほどいなくなっちゃって、
 そうやって前のめりに熱心な人ほど途中でフェイドアウトする」と。
こんな風にあれこれ言われるケースは、
先生の患者さんの中でも稀だそうだ。
「とりあえず、しばらくは我慢して面談に通って、それからだね」
先生はそういった。

私もそう思う。
そっとしておいてくれるまで、待つしかないと。
働く気がないわけでも何でもないのだから。

私のように保護を受けている人の中で、
働かなくて楽だから受けているという人はほとんどいないと思う。
生命保険すら入れない状況の中、
自分に万が一の事があったときの貯蓄を、
生きていくために最低限与えられるお金の中から切り詰めてしている人が多い。
自分なりに出来る仕事を探したりしながら、
控除を受けている人だって多いと思う。

周りが触れば触るほど体調が崩れる事を知っているのは、
私自身と主治医だけで、福祉事務所の人はそれには気付かない。
もちろん、公費だから、という部分もあるかも知れないけれど、
それで自立できるかも知れない人を追い込んでしまう事もあると思う。

良いか悪いかは簡単に判断できない。
そんな風に今は思うけれど、
そこは避けて通れないのなら、それは仕方がないと思う。
せめて大切な事が始まる前に、全てを終わらせてしまいたい。
……そう、今週中には。

自分なりにいろんな事をやりくりしながらしていこうと思う。

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【2010/01/13 21:58】 | 闘病関連 | トラックバック(0) | コメント(0)
終わりと、始まりと
相方のお母さんの葬儀も終わって、
それから1週間くらい、
相方の実家のある場所から、
今の住まいがあるところまで行って、
1週間くらいかな、相方と過ごして。

ショックで動けず、眠れなかった日もあったけど、
棺の中のお母さんの顔は安らかで、
笑っているみたいだった。

それでも、棺の蓋を閉めたり、
火葬場で、合掌したまま目を閉じて、
棺が動き、扉が大きな音を立てて閉まる音を聞くのは、
やっぱりどうしてもつらい。

でも、淡々と葬儀も終わって、
あとは相方やその兄弟が、
いろんな事に追われるのだろうけれど。

しばらく相方と過ごして、昨日東京に戻ってきて。
合間にバイトしたりもしたから、
意外とやっぱり、疲れたりしていて。
でも、ちょっと仕事をする自信がついたような気もしたり。

夏から年の瀬まで、
本当にたくさんのことがあって、
合間にあった友達がいったように、
「激動の1年」とも言えると思うけれども、
ひとりでぼんやりすることで取り戻した、
本来の自分の性質みたいなものだったり、
そんなものを自分の中で実感したりする中で、
何か、靄がかかったように、
自分の周りを取り巻く物が、
なんだかみんな不確かな物に見えて。

ある人に相談したら、
よくあることだよっていわれた。
自分を外から冷静に見られる自分をもって、
嫌いなことと好きなことを書き出して、
それに1週間くらい時間をかけて、
それを見て、ゆっくり心の大掃除をすれば、
悩みは解決できると。

たくさん書き出してみた。いろんなこと。
自分の嫌いなところとか、いっぱい。

そんなメモを書いて、ぼんやり眺めた後、
ふと、クリスマスにしたバイト代のことで電話をしたら、
別の支店でバイトを探しているという話になって。

週3回くらいなら、近所の支店だし、
私出来るかも、と、思わず口をついて出てしまった。

実際、働いていて、楽しかったしね。
人に笑顔で接したり、笑顔をもらうのはとても好き。
バイトするなら接客の仕事にしようと思っていたし、
そういう意味でも良かったと言えば良かったんだけど。
たぶん、明後日バイト代もらいにいったら、
そのまま決まっちゃうと思う。
もともと友達の店だし。

今私がしている仕事に関していえば、
出版は雑誌が本当に売れなくなっているし、
年賀状が来る様子を見ても、
去年来ていた広告会社から今年は全然来ていなかったり、
かなり不況の影響が大きな企業にも出ているんだって事が分かる。
以前は届いていたプレスリリースが届かなくなったり。
ある意味、本当に「底」の状態で、
この嵐の中をどう生き残っていくかはすごく難しい。
実際、連載もこの春で終わりだしね。

保護、という窮屈な状態から、
少し時間がかかっても抜け出して、
自分のしたい仕事に向かっていくためには、
いろんな事をして行かなくちゃ行けないと思う反面、
週に3日バイトをする、ということだけで不安になってしまう自分。

自分に勤まるのかなとか、頑張れるかなって思ってしまう。

でもそういうのを取り越し苦労っていうんだよね。
そう思いたい。
自分の中に限界を作るのも自分。
なんとか自分なりに生活のリズムを作ったり出来るように、
与えられたチャンスなんだって、思えるように……。

どうか、不安ではなく、勇気を。
目の前の大きな岩を壊すような力を。

大丈夫。自分にならできる。
そう信じて。

テーマ:病気と付き合いながらの生活 - ジャンル:心と身体

【2010/01/06 16:10】 | 闘病関連 | トラックバック(0) | コメント(2)
雨の夜も、晴れた朝も


日々のよしなしごと、そして闘病記録。

プロフィール

磯村梨絵子

Author:磯村梨絵子
料理やお酒を生業とする、PTSDと闘うACサバイバー。最近橋本病にかかっていることが判明。集中力を欠いてしまうところもあるので、ゆっくりとしたペースで仕事や日常のことをこなしつつ病気と闘っています。
生来の凝り性のためかかなり多趣味。今は薬物療法と、バッチフラワーレメディ、ヨガなどを中心にしながら治療をしています。
最近ひとりになって、静かな環境に引っ越して、ガーデニングなどしながら、マイペースに自分と向き合っています。
日々のことや闘病のこと、いろいろと思うことなど書いていこうと思います。



ちょっと便利なサイト。
ネットショッピングする人には欠かせないポイントサイト。私も愛用しております(笑)。


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