コメントくれた友達とか、
電話くれた友達とか、 電話の相手してくれた友達とか、 みんなみんなありがとう。 総合的に、周りの意見は、 「会ってくれたとしても、ちゃんとした本当の話は聴けないかも知れない」 というのが結論。 そうだよね、 子どもの前だもん、親はいい格好したいだろうし。 そしていわれる。 「がんばりすぎ」 「あんたはいいの、具合悪いときは寝てれば」 「そうして甘やかしてくれる人がいるんだから無理しない」 甘え下手です。ACですのでね。 自己評価、超低いですから。 甘える資格ないとか思ってますから。 じゃあ、誰にだったら、本当のことを話してくれるんだろう。 他人にだったら、話してくれるの? 今更ながら「傷つくこともあると思うよ」という伯母さんの言葉を想い出す。 別に平気だけど、とか言ってる割に、 へこんだら立ち直るまでに時間がかかるくせにね。 そして、除籍謄本を取りに行く約束を来週の月曜にした。 どこで待ち合わせたらいいのか判らなくて、 駅で待ち合わせることにした。 区役所の前で待ち合わせる自信がなかった。 なんだか、漠然とした不安がある。よく判らないけど。 待っている物が、大きいような、そんなよく判らないような不安感。 それを口にすると、うちの相方は、 付いていっても良いよとか言い出すし、 友達まで「役所行かなくちゃいけなかったから付きあっても良いよ」 とか言い出したりして……(笑) ありがたいけど、泣いたりするといけないから、いいよ。 最初に約束をした人と一緒に行ってくる。 勇気を振り絞っていってくる。 帰りにホワイトフォックスでなんかつまんで美味しいワインでも飲むのを餌に(笑) でもね、父親の戸籍を手にする、ということへのある種の不安と、 今回は祖母の死を誰も教えてくれなかったことがショックだった。 親から見れば、別れてしまった父の親の事なんて、 まるっきりの赤の他人で、私にとってもどうでも良いことだと思ったんだと思う。 でも私にとってはそうじゃなかった。 父は世界に1人だけの父で、他人なんかじゃない。 今と違って、二十歳になるまで会うななんて約束ができる時代だし、 父は父で、再婚したので連絡はしないでくれと母に伝えてきたらしいし。 会えるのか、私? できれば会いたいし、一緒にお墓参りとか行きたいって思う。 祖母の死が、想像以上にショックだったのは、 おそらく、 私が母にどんなに邪険にされても愛されたいと思うように、 私は、祖母に愛されたかったんだと思う。 そして、好きだったんだと思う。 どんなに辛い思いをその時、していたとしても。 フラバしたときの祖母は恐くても、 日常に、楽しかったときの祖母の笑顔を想い出すと、 温かい気持ちになる。 私には、きちんとした想い出は、 楽しかったときのことしか残っていない。 いちごの寒天寄せを作ってくれた時の春の陽射しの中で笑う顔や、 電車に一緒に乗ったときのこと、 うどんを打ってくれたときのこと、 お風呂にはいったときのこと。 やっぱりなんだかんだ言っても、 私にとっては父も祖母も他人じゃなく、 私の人生に大きな影響を及ぼした人であり、 大切な人物だったから、親が考えているように簡単に他人になれるものではないんだなって。 お墓、突き止めて、お参りに行こう。 何か、感じることがあるかも知れない。 あとひとり、会いたい人がいる。 家があったところから坂をちょっと登ったところにある、 同級生が住んでいた葡萄農家の方たち。 私に一晩、泊まりにおいでっていってくれて、 私はお言葉に甘えて、泊まらせてもらったことがある。 座卓の上には、家では見たことのない様なご馳走が山のように並び、 お風呂に入れてくれて、おろしたてのパジャマを着せてくれた。 海老フライをシッポまで食べて笑われたっけ。 そう、テレビも初めて見た。 (たぶん東京では見ていたんだろうけど) アニメ番組を見てすごく興奮したのを覚えている。 その人に、お礼がいいたい。できることならば。 そういう人たちに訊けば、 いろんな事も判るかも知れない。 そんな希望も持ちながら、 でも不安も感じながら。 欠落した記憶の中身を、 自分の物にしなくても、伝え聞くだけでも何かが違う気がするから。 心の中のもやもやを、少しでもはらすことができたら。 いろんな疑問を、少しずつでも解いていくことができたら。 時には泣いたりするけれど、 私は大丈夫。 きっと大丈夫。 乗り越えられる筈なんだ。 だから今こうして目の前の壁を、どうやって越えるか考えているんだもの。 テーマ:AC(アダルトチルドレン) - ジャンル:心と身体 ![]() |
何時間かかっただろう。
明日から友達が泊まりに来るんだけど、 私がしないで、ためにためた洗濯物をしたり、アイロンをかけたり。 去年から洗っていなかった浴衣なんか洗って。 そのころから疲れてたのかな。 買ってから一度も使っていなかった、 スタンド型のアイロン台を出して、 ひたすら浴衣や単衣の着物にアイロンをかけたり、 ちょっと疲れたんで、高さを低くして、 リビングのソファに座って、 手拭いやハンカチ、ナプキンなんかにアイロンをかけて。 アイロンかけは苦手な家事の一つ。 でも、ワイシャツだって綺麗に今はかけられる。 でも今日も想い出した。 ハンカチにアイロンをかけながら。 母親に、初めてやってごらんっていわれてかけたアイロンは、 大人用の薄いハンカチ。 霧吹きで水をかけて、 縁からまっすぐ、四隅をアイロンで整えて、 真ん中をそっと、撫でるようにくるくるとアイロンをかける。 でもそれを見て、母親が言った。 「下手くそね。やるから良いわ。」 自分では、上手にできたと思ったんだけどなあ。 親って言うのはそう言うものよ、と、友だちは言う。 でも本当に、私はほめられたことのない子だったなあと思う。 掃除をすればまだしたりないって怒られて、 テストで100点を取っても、えらいねなんて言われず、 次も頑張ろうねって言われるだけ。 何をやっても不器用ね、がさつねって言われ続けて。 でも今じゃあ、器用だって、逆にみんなから言われる。 小物やアクセサリーを作ったり、みんなにほめられる。 そんな母が、唯一ほめてくれたのが、 私が作る素朴なお菓子や料理だったと思う。 「あなたの作るパウンドケーキ、美味しいからまた焼いて。 お店に持っていくから。」 何回そう言われただろう。 高校生の頃だったかな。 そういえば、鎌倉の駅近くに、母のお店のママが、 喫茶店を出すときに、 あのパウンドケーキを売りたいから作り方を教えてくれって言われて、 レシピを渡したっけ。 そんな頃から、料理の仕事に、ちょっとずつ近づいていたんだね。 いろんな事を想い出す。 私が興味を示して、これがいいなってさりげなくアピールすると、 いつも眉をひそめて、そんなもの、って顔をしたことや、 思春期を過ぎてからの服装も、 センスがよく判らないとか、素材が悪いとか言ったり、 ともかく、ほめることをしない人だったなあ。 ほめられたくて、ほめて欲しくて、 ほめられたことは、本当に懸命にやった気がする。 ハンカチにアイロンをかけるとそんなことを想い出す。 だからアイロンをかける物はたまってしまう。 服をたたむのもへただって言われたなあ。 これからその、下手くそって言われた大量の服をたたむんだけどね。 ハンカチって言えば、こんなことを母親が言っていたのも思い出す。 「この人は1万円くらいしかプレゼントの予算がないなって思ったら、 あれこれ考えずに、スワトウのハンカチを買ってと言いなさい」 と。 それから、ハンカチの値段。 もしハンカチを人からいただいたら、縁の縫い目を見れば値段が判る、と。 ミシンがかけてあるものは安い物で、 手でかがった物は高い物。 自分で買うときも覚えておいた方が良いと。 贅沢な刺繍がいっぱい施されたスワトウのハンカチ。 手でかがられた有名ブランドの大判のハンカチ。 私は贅沢に育ってるのよ、とアピールしろって言うことだったんだろうか。 そうじゃないと、お金持ちとは結婚できない、みたいに。 私にはスワトウのハンカチより、もっと別な、 気持ちのこもった物の方が素敵に思えるなあ。 そういえば今月は5月号の撮影時期だったんだけど、 他の人だったら想い出すであろう母の日のことは想い出さなかった。 ……というか、母の日が近づいて、 あちこちで母の日という言葉を見かけると、嫌な気分になる。 「母の日なんだからプレゼントをくれなくちゃあ」 好きなブランド物の小物なんかをプレゼントすると機嫌が良いけれど、 花なんてプレゼントしてもちっとも喜ばない。 つまらない安物をプレゼントしても喜ばなかったから、 喜ばせようと色々考えるのが大変だったのを覚えている。 感謝の気持ちとかそんな事じゃなく、義務だった。 誕生日も、母の日も、クリスマスも。 申し訳ないけど、感謝の気持ちを感じたことは、一度もなかった。 伯母にも一緒にあげていたけれど、 伯母は凄く素敵な物をありがとうねっていつも電話をくれた。 でも、母親からはそんな連絡なんてもらったことはなかった。 せいぜいたくさん送った薔薇の花束がすぐに枯れたとか、 そんな文句の電話だけだった。 たぶん、私にはこんな物をくれる娘がいるのよ、って、 話の種にしたかっただけなんだろう。 さあ、片付けに戻ろう。 気持ちよく友達を迎えるために。 部屋の片付けはそんなに大変じゃないから、 明日ゴミをまとめて、掃除機をかけて。 植木の植え替えは……明日の朝かな。 植木鉢だけ動かしておこう。 あともうちょっと。 友達と会って、いろんな話をするのが今はとても楽しみ。 アイロン台、片付けちゃおう。 まとめてかけると大変だから、 面倒でもこまめにかけるようにしなくちゃね。 テーマ:AC(アダルトチルドレン) - ジャンル:心と身体 ![]() |
このところ、携帯のアプリのゲームにはまってしまって、
あんまりネットに接続しない日が続いた。 まあ、どっちもどっちですが(笑)。 今日の午後、仕事もあったから、 タブブラウザを開いて、いつもチェックしているサイトを観て、 そのあと、そういえばここ数日、 オークションを覗いていないなとか思い、 ヤフオクなんか覗いてみる。 トップページに踊る文字。 この時期になると、 ショップのDMとかもそうなのだけど、 必ず母の日の特集をしている。 別に母の日に罪はないけれど、 この季節、母の日って言葉を聞くと、 なんかもやもやとした嫌な気持ちになる。 だから、1年で一番風が気持ちよくて好きな季節なのに、 この時期はそれが気になるからどうも気分が良くない。 親と暮らしたり、 こんなに問題が表面化してくるまでは、 というか、親との接触を避けなければならなくなるまでは、 母の日、普通にプレゼントとかあげてました。 毎年、何が喜ぶんだろうって思いながら。 あげたって、喜んでくれることなんてないんだけどね。 「あれはよくなかった」とかくどくど言われて。 母の日と、親の誕生日。 実は私の母と、母の姉に当たる叔母は、 誕生日が同じなんですよ。 5つ違いなんだけど。 それで、母が離婚してから、 私を外に連れて歩くのはもっぱら叔母だったので、 誕生日も母の日もふたり分というか。 母は、 「そういうのは社会人なんだからくれて当たり前」 ということで、毎年くれないのかって催促されるのが普通だったし、 叔母はたまーに遊びに行くと、 「私だって面倒見たのにー。母親みたいなもんじゃない」と、 冗談めかしてちょっとねだる。 あくまで冗談の範囲で甘えてねだられるので、嫌な気持ちにはならないけど。 最初のうちは母だけに渡していたけれど、 申し訳ないと思って叔母にも渡すようになったのはいつ頃からだろう。 感謝の気持ちじゃなくて、 全て義務感からの贈り物。 あげないと社会的な責任が全うできないみたいないい方を、 毎年されていたらそうなるよね。 なんか悪口ばっかり書いてるみたいで、 そんな自分がまたイヤなのだけれど。 でも、そこには温かい感情は全く通ってなくて、 ただ、儀礼的にそう言う日だからということで、 ものを贈る習慣だけがある、という感じ。 義務感だけでもらうプレゼントって嬉しいだろうか。 バレンタインの義理チョコと同じだよね。 まあ、値段ははりこむけど。 そうじゃないと満足してもらえないから。 大概が、持ってるバッグと同じブランドのコインパースとか、 大量の花とか、そんな感じで。 同じプレゼントを、 親は何度もけちを付けるのに、 叔母は何度もありがとう、嬉しいって言ってくれる。 照れくさそうに笑って、悪いねえって言ってくれる。 親が文句を言わないのは、ブランド物の小物くらいかな。 持っているものはプレゼントしないから、 使いにくいとかくらいしか、文句のつけようがないからかも知れない。 言ってくれることが嬉しい訳じゃないけれど、 すっきりしないよね。 親というのは、そうやってけちを付けたりするものというけれど、 ほんのちょっと、そのとき言うだけならいいんだけど、 私の旦那さんにまで言ったりとか、 正直、それってどうなのかなと思ったり。 中学生くらいの頃だったかなあ、 誕生日にパスケースをあげたことがあってね。 お小遣い貯めて買ったパスケース。 当時うちの親、出勤時は電車を使っていたので。 でもそのパスケースが使われることはなかった。 今思えば当然かも知れない。 大人が持つにはあまりにも安っぽいものだったと思うし、 まして水商売となれば、 そういうものがバッグに入っているのは仕事の時ちょっと、 と思うかも知れないよね。 でも使ってくれなかったことがすごく寂しくて、 私は親に訊いたんだよね。 「どうして使ってくれないの?」と。 母はこういった。 「大切に取っておきたいから、しまってある」と。 実際そうなのか、そうでないのかは私には判らない。 ただ、そう言われても、使ってくれたらいいのにと、 すごく寂しい気持ちになったことを覚えてる。 きっとそんな些細なものでいいから、繋がっていたかったんだよね。 私がプレゼントしたものを、 親が使ってくれる、という些細な事柄で。 そんなことも、パスケースに限らず、 何度か経験してきた。 自分にとっては、苦い思い出。 親にプレゼントあげて、喜んでくれたのって、あっただろうか。 最近思うけれど、 ある意味では子供らしい「ミスリーディング」から、 精神的な虐待と本人が感じることに繋がる事柄が始まることもあるけれど、 それが「ミスリーディング」だと修正して、 大人なりの理解をしていくことで、 なんとか繋がりを持とうと私はこれまでずっとしてきたけれど、 相手も私の努力を理解し、 私と同様に「ミスリーディング」を解く努力や、 それを再び招かない為の接し方を考えるべきなんだけれど、 (つまりは互いの努力が必要であると言うこと) 親には自分が間違えていたという気持ちなんて更々ないから、 私がどんなに頑張ったところで、 その足下を根こそぎすくってしまうようなパワーで、 「それってありなの?」的な事を平気で言い放ったりしてくれたりしちゃうから、 結局は上手く行かない。 大人になって、それを何回繰り返しただろう。 毎回すごく苦しい思いをして、 ほとぼりが冷めては、心配になったりして様子見にいって、 それから頻繁に会うようになると、数ヶ月で破綻する。 結局私は病み、今や接触禁止の間柄。 そうなっても、親は担当医の所に出向くこともなければ、 カウンセラーに話を聞きに行くこともない。 叔母や弟がどれだけ説得したところで、 何が変わるわけでもない。 周りの人たちに申し訳ないなと思う。 正直、親を取るか私を取るかの板挟みみたいな状況で、 間に入って家族間の大切な事柄を連絡してくれたり。 毎回申し訳ないなと思うけれど、 私の所には、親がどんな努力をしているかという話しは、 全くと言っていいほど伝わってこない。 そういうことがあるなら、伝えて欲しいと思っていても、 接触禁止になったときに、 全部私が悪いんだって一度大泣きしたという話を聞いただけ。 昔、鬱病を患っていた知人のことを、 毛嫌いしていたのと同じように、 私はあの人から見たら、 単なるキチガイなのだ。 そんなものと自分を、一緒にされるのはきっとイヤなんだと思うし、 理解する気もないということは聞いているので、 一生このまま、ねじれたベクトルを互いに進んでいくのだろうな。 私の「ミスリーディング」が解けるとしても、 その先に希望があるとは、今は思ってない。 もしかしたら、死ぬときも会わずじまいなのかも知れないとすら思ってる。 言いたいことはたくさんあるけど、 言ったところで何が解決できるわけでもない。 そんなわだかまりを抱えながら、 毎年この季節を迎える。 母の日が終わると、 初夏が終わる頃に、祖母の命日が来る。 その日のことだって、そうだ。 いいたいことは山ほどあるけど、 私は私なりに、大切な祖母の命日付近には、 鉢合わせしないようにお墓参りはせず、 ただ、空を見上げて冥福を祈り、祖母に語りかけるだけだ。 ああ、きりがないね。 でも書かずにおけなかった。 バッチの好転反応のせいかもね。 私は、親と接している頃は、 親と離れていればある程度の距離を保ちながら、 なんとか上手くやっていけるかもとか、 親が死んでしまえば終わるのかもとか、 いろいろ思っていたけれど、 こうしてひとり、ACとかPTSDという病と向き合うとき、 ああ、私はこの人から死んでも逃れられないんだと今は思う。 本当なら、死ぬ前に互いが歩み寄って、 いい形で親子の関係を取り戻せるのが理想的なんだろうけれど、 そうできている親子が、どれだけいるだろうか。 うちは無理だと思うなあ。 担当医やカウンセラーから会うことを禁止された、といってから、 それに従ってくれてるだけで私は十分かなって思う。 テーマ:アダルト・チルドレン - ジャンル:心と身体 ![]() |
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