そんなわけで、うちの相方と話し合って、 私たちの方で介護をしようという決心をした。
でも、私の家での介護は無理なので、 必然的にどこかの施設に入ってもらうか、 どこかに入院するかという選択肢を選ぶことになる。
最初に大伯母が籍を置いている市の市役所に電話をかける。 介護の部署に回されたあと、地域の担当に電話をするように言われて、 地域担当の人に事情を話してから、 病院に電話をする必要があると言われたので、 入院先の病院に電話をする。
電話をすると看護士さんから、 「動かせるかどうか、病状の点でも医師の判断が必要なので」 と言われる。 それから役所に電話して、そちらに電話が行くようにしますので、といわれる。
そして地元の区役所に電話をする。 区役所の職員の人から、生活保護のことや様々なことを訊かれ、 まだきちんと決まっているわけではないので、ということを伝えると、 私たちの住む区域の管轄をしている事務所があるので、 そこに電話をしてみてください、といわれる。
そこでまたいろいろと説明を受け、 先方の市役所の方と連絡を取りながら、 今後のお話しを進めていきましょうと言うことになる。
ネックになるのは生活保護。 東村山から動かせるかどうかが問題になってくる。 つまりは、杉並区に住民票を移動しなければならないわけで、 「引っ越す場所」が必要になってくるからだ。
と、そういう話をして、伯母に電話をする。
伯母は「急にそんなことをいわれても」 と、少し怒ったような、戸惑う様子で答えた。
「そんな急に言われても無理だしだいたいできるの? 収入が不安定なのに出っ張った部分を払えるの?」 「大丈夫だから。絶対悪いようにはしないから。」 「私だって一生懸命してきたんだよ。今のままで良いと思う。」 「それは十分判ってる。でも今のままじゃなく、リハビリがちゃんと受けられる施設に移したいの。」 「じゃあ病院まで一度観に行ってみればいいよ。それでよくわかるから。」 「うん、判ってる。ちゃんと病院にも役所にもみんな電話したから。」 「でもそんなこと急に言われたって。」 「でも100万円出して、私を連れ戻してくれたのはおばさんなんでしょう?」 「それはそうだけど……」 「それにもう伯母さんもこれ以上苦労することないよ。 親が子どもの頃から一生懸命頑張ってきたじゃない。」 「……わかったけど、その施設は私に見せてよ。 私が納得できなかったら移さないから。」 「もちろんそれは判ってる。悪いようには絶対しないから。」
伯母は、中学を卒業してすぐ夜学に通いながら仕事を始め、 祖母が女手ひとつで頑張っているなか、 「妹だけは私立に通わせたいから」と、 必死に働いて学費を稼いでくれた。 けれど、やんちゃだったうちの母は、 そうして入れてもらった学校を2回も退学になり、 3つめの高校でようやく落ち着いた。
お金に困ればすぐに伯母に無心して、 ことごとくそれを踏み倒してきた。 姉妹だからいいだろう、親戚だから良いだろうという甘えが、 親にはあるのかも知れないけれど、 そんなこともあって、祖母に、 「お金のことだけは親でも別だと思え」と口を酸っぱくして言われてきた。 そんな親を今もかばいながら、 そして今度は大伯母の介護なんて言うやっかいな問題まで抱えて、 苦労ばかりして生きている。
老後をのんびり過ごして欲しいのだ。 趣味に時間を費やしたりしながら。 もうそんなに頑張らなくて良いよと、私は思わず言ってしまった。
たくさん迷惑をかけた伯母と、 何事もなかったようにのんびりと、穏やかな老後を送りたいと考える母と、 二人でのんびりしてくれたらと思う。
それに私は、大伯母さんが笑って死ぬことができるように、 できる限りの努力をしたいと思うのだ。
だって、私の命の恩人のようなものだもの。 そんな大切な人をただ黙ってみているわけにはいかない。
私は親にもう会うことはできないし、 伯母さんに大したこともしてあげられないし、 大伯母さんにもどれだけのことをしてあげられるか判らないけど、 みんなに、せめて最後は笑顔でいられるように、 今までしてくれたことを返していきたいのだ。
みんなを笑顔にしてあげたい。
ただそれだけを叶えたくて。
大変なことだと思うけれど、やれるだけのことはやろうと思う。 これから私も、病院とか、捜してみようと思う。 かかりつけの先生にも相談してみよう。 先生なら何か知っているかも知れないし。
願いは叶う。ただそれだけを信じて。
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