矛盾した思い
あなたが、読んでくれるかどうかは、私には判らないけれど。

あなたが、自分で自分を傷つけてしまう気持ちは、
私も何年も前に、鬱を併発していた頃、
だいぶ色々しているからよく判る。
リスカやアムカに始まって、
OD、首つり。
全部相方や友達に発見されて、死ぬことはできなかった。

というより、ODしちゃった、とか連絡しちゃうんだよね。
なんでだかね。

一時は、生きることと死ぬことが自分の中で同じ重さで、
死ぬ事なんて全然怖くなかった。

でも今は怖いな。
私は生きたいと思うから。
生きて、たくさんの人にしあわせを与えられる人間になりたい。

それでも、今でも時々考えることがあるよ。
私が生きていることと、
死んでしまうことの、
どちらが迷惑なのだろうかと。

私は酷い依存症で、
穴を埋めるのに必死で。
買い物をすることが止まらず、
何かあると物を買ってしまう。
買い物の頻度は、3日とあかないときもざら。

幸い鬱の方が、薬を増やしたおかげでソフトランディングできて、
良い感じで日常を送れるようになってきたし、
今までストップしていた仕事も再開しようと思えるようになったりね。
自分でちゃんと稼げれば、彼に迷惑をかけずにも済むし。

それでも、生きるべきか死ぬべきかを考えてしまう。
死ぬならどんな方法でと考えることもある。

ODはよっぽど大量の薬を貯めないと死ねないからしない。

するなら今どき流行の硫化水素か、
飛び降りだろうなあって思ったりするよ。

硫化水素はものすごく苦しいらしい。

飛び降りをするには、うちの近所は高いビルが少ないなあ。
セキュリティの甘い古い高層マンションを探すとか。

でもどれも、何の関係のない人にまで迷惑をかける。


私を、
生かしてくれて、
心配してくれて、
好きでいてくれて、
信頼してくれて、
必要としてくれて。

そんな人たちを深く深く、傷つけることにもなる。

友達が突然亡くなったりすると、
本当に悲しくて、どうしてって思って、苦しくなる。

自分が死んだら、そんな人いないだろうなんて、
口では言ってみたりするけれど、
本当はそんな風に思ったりしてないんだよね。
少なくとも、私はそうだな。

いろんな人の顔が思い浮かぶ。
たくさんの、私と強い絆で結ばれた人も、
緩い感じで繋がっている人も。
みんなの顔が思い浮かぶ。

それでも自分が生きていることが苦しくて、
何もかもなくなってしまえばいいと思って、
だけれど生きていることを確認したかったり、
そんな矛盾した思いを抱えながら、
ただ生きづらい自分を、どうにかしたいと思い、
ほんのひとときでも良いから苦しい思いから逃れようと。

でも、それに100錠近い薬はいらないよ。

自分が普段飲んでいる薬と、
頓服のバッチフラワー数種だけで十分。
深く深く眠って、翌朝目が覚めたら、新しい人生が始まる。
眠ることでリセットして、ぐるぐると回る悪い考えを止めれば良いんだ。

本当は生きたいんだもの。

だけれど、苦しくて、死を選ぼうとしてしまう。

本当に、魂と肉体を引き離さなくても、
眠ることで死ぬことはできるよ。

目が覚めて、またお先真っ暗なんてことは、そうそうない。

もしそんな状況が続くなら、主治医に相談すればいい。
それだけのこと。


私もそれができなくて、何年か苦しんだ。

でもはい上がってきた。
自分を大切にできる自分になろうと。

自分を大切にすることが、人を大切にしていくことの第一歩に繋がっていくから。

自分を信じ、
自分を愛し、
自分に優しくし、
自分を慈しみ、
美しい花から無償の愛をもらい。

それが人を信じ、
人を愛し、
ひとに優しくでき、
人を慈しみ、
人に無償の愛を与えることができる。
そのきっかけになる。

生きることの尊さを、
知ることができる。

ただし自分に負けなければ。
常に自分自身に、負けずに。

どんな誘惑も、
結局は自分が負けるからそうなるだけのこと。

だから負けないで。

誰もあなたの代わりになれない。

あなたはこの地球の上で、たった1人の、大切な存在なのだから。

世界中捜しても代わりはいないのだから、
その存在を大切にして欲しい。

あなたがわたしを慕ってくれるように、
私もあなたが大好きだから。

きっといろんな事を乗り越えられると信じているから。

だから負けないで欲しい。
自分自身に。

大丈夫。きっと上手く行くから。
過去のことはなかったことにして、
ともかく今を生きることを大切にしよう。
その方がきっと今は楽だから。
余計なことに囚われず、自分のことをとにかく考えて。

きっと、ちゃんと立ち上がって、その足を1歩ずつ、
前にあるステップに乗せていくことができるから。

負けないでね。

テーマ:うつ病(鬱病)、メンタルヘルス - ジャンル:心と身体

【2008/05/20 19:17】 | 思うこと | トラックバック(0) | コメント(1)
そこに残ったもの
ふと思う。

母は、たくさんの人を傷つけて、
何を得たのだろう。

母は言った。
「私は流されて生きるのが好きなの」と。


ある意味では自由な人なのかも知れない。
感じるままに、感情の赴くままに、生きて。

でも、ちゃんと考えていただろうか。

誰がどんな風に自分を助け、生かしてくれて、
何を与えてくれたのか。


私が最初に鬱病を発症したとき、
とある占い師さんから言われた。

「あなたのお母さんは、
 あなたの弟の方が好きで、
 あなたのことが好きではないのね。
 苦しい思いをするのなら、もう逃げなさい。
 手伝っている仕事も、もう手伝うのは止めなさい。
 そうしないと、あなたは本当に辛い思いをすることになる。
 そしていずれ、あなたのお母さんは、家を失うことになる。」

私自身も、その人にそういわれた頃、
親との接触を避けるようになり、
最終的には主治医やカウンセラーから接触を禁じられたのだけれど、
本当に、うちの母は、家を失った。

というより、近い将来、本当に家を失うことになるのだと思う。

今は伯母が助けてくれているけれど、
それも今のうちだし、
二人とも年老いて、何が起きるかも判らない。

「私の気持ちなんて、あんたが子供を産まなかったら絶対判らない」
母はそういった。

私は、ACの連鎖を止めるために、
治療をして、ACを克服して、
病気を治さなかったら、
もう子供は産めないんだよ。

母がいう、子供を産んでからの気持ちは、
子供を産んだ友達の話を聞いていればよく判る。
それに耐えられなくて鬱になる子もいる。
そして母のように、育児放棄をする人もいるだろう。

そうして周りじゅうを傷つけ、
私たちが傷つかないように、
口をつぐんだままの大人達は、
それでも母を許し、
私たちを不安げな顔をして、いつも見ていた。


でも、年老いた今、母は、全てを失ってしまったんだよね。
店も、家も、恋人も、家族も、何もかも。


今母は、何を思っているんだろうと、ふと思う。
もうすぐ還暦を迎える母が、
これからの老い先を、どう考えているんだろうと。
今までのように、それでも、流されるままに生きるのだろうか。

そうはいかないんじゃないだろうか。

でも、私は、手をさしのべることはできない。
上手く行かないだろうし、
私自身に何が起きるか予想ができないから。

自分自身の治療費を考えたら、
親のことまで考えられない。

かといって、母は弟の所には行かないだろう。

それだけはしたくないって言っていたからね。

老人ホームにはいるのにもお金がいる。
そんな蓄えも、ないだろう。

あの人はどこへ行くのだろうね。

テーマ:病気と付き合いながらの生活 - ジャンル:心と身体

【2008/04/02 15:47】 | 思うこと | トラックバック(0) | コメント(0)
天使が教えてくれたこと
昨日だったか、とても不思議な夢を見て目が覚めた。

山梨の家の縁側にも似た、
古びた家の縁側に私は座っている。
目の前には、お盆の迎え火みたいに、
ぼんぼりみたいなあかりが地面に灯され、
小さなお供物が並べられている。
そこからすぐ部屋の隅にある仏壇まで、
柔らかな明かりで道が作られている。

そこに何故か、前の旦那のお父さん。
「豆の缶詰を持ってきてくれないか?」
という。

何に豆の缶詰を使うのだろうと思って、
隣の台所に行くと、
これまた前の旦那のお母さんと、
近所のおそば屋のおばあちゃんに似たおばあさんがいる。

豆の缶詰ある?と私が訊くと、
お母さんは「瓶詰めならあるんだけどそれじゃだめなの?」
そういわれて、乾燥した豆の入った瓶詰めを高いところから取り出す。

片手に瓶詰めにされた豆を持ったお母さんの後ろに、
莢がついて、それが開いたところから、そのまま乾燥してしまったような、
そんな豆がテーブルらしき台の上にたくさんたくさん、天井に届きそうなくらい置いてあって、
その真ん中の、くぼんだ辺りの向こうからおばあさんは顔をのぞかせ、
「豆はねえ、これじゃあなきゃだめなのよ」
という。

そこで目が覚めた。

奇しくも、お彼岸のお中日。
そんなこと、すっかり忘れてた。

不思議な夢だね、その豆はなんなんだろうねって相方と話して、
その日はそれで終わったのだけれど。

今日は相方が朝まで留守なので、
のんびり細かい仕事でもするかと、思いつつも、
原稿は今日の夜中にと約束してしまったので、
後で書いてしまわなくちゃと思ったり。

すると、右の上の方から気配がする。

あのいたずらな天使の気配だ。

その天使は、時々私の所にやってきては、
ジンなんかをボトルが空になるほどのませたり、
ついでに冷蔵庫にあったアイスクリームなんかを食べて、
さっさと帰ってしまい、
私は翌日酷い二日酔いに見舞われたりするのだ。

「ねえねえ、アイスがあるでしょ」

実は昨日の夜だったか、
相方が帰ってきてから「アイスなかったっけ?」
と言っていたからいろいろと買ってきていたのだ。

その中には、何故か天使の好きな、
クッキー&クリームもしっかり入っていた。

そうだね、そろそろ夕飯も食べないといけないから、
夕飯の後に食べようか、と心の中で話しかけて、
冷蔵庫から買ってあった食べ物を出して温め、
アイスクリームのカップを出しておく。

食事をしながら、天使と話す。

「もう、あちこちほっつき回ってないで彼の所に帰りなさいよー」
そういうと、
「わかってるってばー。もうお彼岸の間ずっと一緒なのよ。
 ……彼も弱いから。」

ちょっと心配そうな顔をして、そして、なんとなくそわそわしている。
どうやら急いでいるらしい。

それでも
「ねえ、そのコロッケ、食べていい?」とか言う(笑)
そりゃ別に良いけど。

「ねえ、みもちゃん、そんなに細かい仕事をしなくても、
 もう大丈夫になるよ。もうすぐ。」
「でも仕事、こういうことしかできないもの。」
「大丈夫。そのかわり、お父さんに会いに行かなくちゃだめだよ。」
「お父さん?……なんでお父さんのことを?」
「私見てるもん。知ってるんだもの。だから早く行って欲しいの。」

彼女にはそんな話はひとつもしたことがないのに……。

「あのね、昨日夢を見たでしょう?
 お父さんはね、みもちゃんの幸せの分まで、節分の時、ひとりで豆を蒔いたんだよ。
 ひとりでたくさん、たくさん蒔いたんだよ。
 あの夢に出てきたくらいたくさん、たくさん毎年蒔いたんだよ。
 みもちゃんと弟が、幸せになれますようにって。
 忘れてなんかいないんだよ。」

そう言われてひとりでボロボロと私は泣き崩れた。

それが本当なら。
それが本当だとしたら。
いや、豆まきをしていなかったとしても、
それほどまでに思ってくれていたとしたなら、
お父さんはひとりぼっちの時、どれほど寂しく、切なかったか。
周りの人が幸せそうにしているとき、
どれだけ悲しかったか。

そしてもう一つ、泣いている私に天使は言った。

「ねえ、みもちゃん、
 私と同じように、何かを渡せないまま会えずにいて、
 それで何かあるんじゃないかって心配している人がいるでしょ?」

そう、言うとおりだ。
彼女にあの時、ずっとピアスを渡せないまま、
お別れもできなかったときのように、
そんなことが起こらないようにと。

「色々あるかも知れないけど、送り出すときは、
 いつでも戻ってくるんだよって言ってあげるんだよ。」

いつでも。
何かあったらいつでも戻っておいで。

今度会えたときには、必ず言おう。

そしてクッキー&クリームのアイスクリームを堪能した天使は、

「じゃあ行くね!今日はお酒は抜きみたいだから。
 旦那さん大事にしてね。疲れてるから大切にしてね。
 帰ってきたらお風呂に一緒に入って、
 ゆっくり二人で寝るんだよ。
 じゃあね!」

彼女は部屋のペンダントライトの周りをくるりとまわって、
「素敵な部屋だねー」という。
そして、またね、と、手を振って、
オレンジ色のカーテンの方へと消えていった。

彼女の背中には、大きな白い翼がついていた。

またね。ありがとう。
もう本物の天使だね。


約束するよ。
必ずお父さんに会うからね。

そのためにも、頑張って今日、原稿書き上げよう。
明日にでも、お願いをしている人に連絡が取れるように。

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【2008/03/21 23:09】 | 思うこと | トラックバック(0) | コメント(0)
友達っていいね
今日は凄く久しぶりに、高校時代の親友夫婦を迎え、
ごはんを食べて、お酒を飲んで。

ここ数日、二日酔いじゃあない日がなかったけど、
でも、頑張れたし、楽しかったなあ。

彼は(そう、親友とは男子なのです)
私の病気にも理解を持ってくれて、色々心配もしてくれて、
これからのこととか、昔の馬鹿やった話とか、
たくさんたくさん話した。

やっぱり友達って良いな。そう思った。

音信不通になってしまった親友もいるけれど、
でもこうして一緒にごはんを食べたり、楽しいひとときを過ごせることは、
私の財産でもあるんだなあって思ったり。

ほんと、大切な、大切な宝物。

これからもこんな風にみんなと付きあっていけますように。

なんか生きるエネルギーをもらった感じ。
彼と、その奥さんからたくさんのパワーを。

今月は20日過ぎまで忙しいけど、
それをやり過ごしたら、少し休もうと思うけど、
あとそれももうちょっと。

頑張ろうっと。

テーマ:雑記 - ジャンル:日記

【2008/03/15 23:56】 | 思うこと | トラックバック(0) | コメント(0)
実の父に会いたい理由
実を言うと、昨日、相方が仕事部屋で夜仕事をしている間、
録画してみていなかった番組を見ていたのだけれど、
その中に「ハートをつなごう」の子ども虐待特集の第2弾があって、
その2日間の放送を通してみて、いろいろと考えがあたまのなかをぐるぐる回って、
全く寝付くことができなかった。
途中でベンザリンやマイスリーを足したり、
バッチのアスペンを飲んでも無理だった。

それだけ、親子のつながりや関係を考えさせられる物だった。

私は、後日細かいことをUPするつもりでいるアーカイブに、
父と母の離婚の経緯を聞きかじった物を書こうと思っているんだけれど、
どうしても矛盾が生じてしまうのだ。

祖母からは「父親があなたを人質に取った」と言われた。
母親には
「あんなにたくさんの服を持たせたのに帰ってきたときにはつんつるてんの服を着て、
 あれだけあった物はどこへ行ったんだろうと正直腹が立った」といわれた。
また、母自身も、自分の身勝手な理由からの離婚だと聞いている。

けれども祖母は、私が父方の実家に預けられたあとに心労で倒れたあと、
弟までつれていかれたらたまらないと、
弟を連れて京都まで逃げたのだといっていた。
結局は母の友人の家を2年間たらい回しにされた挙げ句、
猜疑心の強い子どもになって帰ってきた訳だけれど。
(今はそんなことはないけれどね)
幸い私が知る限りでは、弟には私と同じような精神的な症状は出ていないし。
それだけでも、ある意味不幸中の幸いだと思う。

私は祖母の元に預けられ、厳しい「しつけ」の元で、
すっかり萎縮した、物言わない子どもになっていて、
その状態で、ヒステリックな母親に怒鳴られ続け、
二番目の父親に「しつけ」と称した折檻を受けたり、
「愛情表現」のひとつとして、毎夜唇にキスを要求され続けた。

私は、実父と母の間でどのような話し合いがなされたのか、全く知らない。
母がたくさんの服を持たせたのはおそらく何らかの話し合いがなされたからだと思う。
だけれど、その服が1枚も帰ってきたときになくて、
お風呂にも入っていない真っ黒な汚い子どもだったのを見て、
母親は愕然としたのだと思う。
綺麗なまま返してもらえると思ったのだろうね。
再会したときに、抱きしめられたという記憶はない。

ただ、祖母の家について、玄関から祖母がかけて出てきて、
私を抱きしめ、さあ、お風呂に入ろうね、と、
すぐにお風呂を沸かしてくれたことはよく覚えている。
凄い離人感はあるんだけれど。

母は祖母に言っていないことがたくさんあるんじゃないか?
父は何も言わずに去っていったし、
母が離婚するときにはすでに二番目の父がいたわけで、
まるですり替えられるように二番目の父と暮らすようになって。
でも微かに残る父の記憶があったからこそ、
私は疑問を感じながら生きてきたのだろうし、
中学生の頃に、実の父がいることを祖母が口を滑らせて
私たち姉弟に言ってしまったとき、
私も弟も「やっぱり」と思ったわけで。

母と父は、戸籍謄本を見ると、
協議離婚をしているのだけれど、ひとつ約束をしていた。
それは、
「子どもが二十歳以上になるまで絶対会わないこと」
という約束だった。

共同監護、なんていう言葉が、
今のように言われることがなかった頃だからできた約束だろうし、
父親を物心つかないうちにすり替えるには丁度良かったのだろう。

二十年も経って、実の父ですだなんて、
自ら会いに行くことは、きっとどんなに会いたくてもできないよね……。
改めて母は、酷いことをするなと思う。

私も今同じ事を考えてる。
戸籍の付票を取り寄せることはたぶんできると思う。
父が何度も転籍を重ねていても、お金と時間をかければ追っていけることだ。
だけれど、もし父に別の家庭がある場合、
どう説明して会いに行けばいいのだろうと思うのだ。

私が高校生くらいの頃聞いた話では、
連れ子のある方と再婚していると聞いた。
なにやら、結婚相手のおうちがお店で、
お店を継いでいるような話も、
母とその友だちとの会話の中から小耳に挟んだこともある。

そんなところに、もうこんな年齢になって、
どういって会いに行けば良いんだろうと。

でも私は知りたいのだ。
母が離婚を切り出したとき、父はどんな気持ちだったのか、
どんな話し合いが持たれたのか、
どんな取り決めがなされ、私が祖母の元に預けられ、
そこでどんな生活をしていたのか、
そして、父は母を愛していて結婚したのか、
私たちが生まれたとき嬉しかったのか。

たくさん知りたいことがある。
傷つくことがあると判っていても、
もう私自身も大人だし、
父と母というよりも、男と女の話として訊けると思うから。
そこに私が、今ある状況の原因がある気がしてならないから。
私は父に、本当のことをちゃんと訊きたいのだ。

未だに電話口から私に放つ言葉が邪険で、変わらない母に無理をして会ったり、
話を聞いたりするよりも、
別の側面から物事を見ていた父親から話が聞きたい。
母から見た父の話はある程度聞いたし、
結婚に至った理由も、離婚した理由も母からは聞いた。

でも父は当時、そうした出来事をどう思っていたのか、
どんな風に受け止めて、私を祖母の元に預けたのかが知りたいのだ。

父の戸籍まであと少し。
祖母は存命なのだろうか。
亡くなっているとしたら埋葬地は判るだろうか。

私は傷つかずにそのまま知ることなくもやもやして生きるよりも、
傷ついても物事を受け止め、昇華して、すっきりさせて生きていきたい。

だから父に会いたい。
迷惑かも知れないけれど、逢って話が聞きたいのだ。

夢は、叶うのだろうか。

テーマ:たいせつなひと。 - ジャンル:心と身体

【2008/02/05 23:42】 | 思うこと | トラックバック(0) | コメント(0)
雨の夜も、晴れた朝も


日々のよしなしごと、そして闘病記録。

プロフィール

Author:磯村梨絵子
料理やお酒を生業とする、PTSD・依存症と闘うACサバイバー。現在鬱病を合併しているので、ゆっくりとしたペースで仕事や日常のことをこなしつつ病気と闘っています。
生来の凝り性のためかかなり多趣味。こいつが依存症に拍車を掛けていたり。現在は病院とカウンセリング、バッチフラワーレメディなどを取り入れて治療をしています。
依存の対象は心の病が大きな問題になるまでもいろいろと変遷しています。子供の頃からお小遣いをもらうとすぐに使い切ってしまうのは普通のことで、中学生の時には軽度の摂食障害なども経験しています。買い物依存は長年対象を変えてずっと続いている大きな問題のひとつです。
家族は相方とミニうさぎとオカメインコ。静かな環境に引っ越して、ガーデニングなどしながら、マイペースに自分と向き合っています。
日々のことや闘病のこと、いろいろと思うことなど書いていこうと思います。



ちょっと便利なサイト。
ネットショッピングする人には欠かせないポイントサイト。私も愛用しております(笑)。


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