約束と目の前にある未来。
今日は、内分泌科の病院も休診日で、
メンクリも予約専門日だったので、
とりあえず鍼に行く

診察室に入ってきた先生は、
神妙な顔をして、
「どうした?」
と訊いた。

もちろんこの間のODのことは知っていて、
それについての彼の悩みも知っていた。

何でそういうことになってしまうのか、
何で後ろ向きになってしまうのか、
いろんな話をした。

私がACのグループを受けることも、
ちょっと渋い顔。
何も今掘り返さなくてもいいのに、と。

今しなければ行けないのは、
彼とのコミュニケーション。
密にコミュニケーションが取れないからこそ誤解が生じ、
彼が何故イライラするのかも判らないし、
自分もどうしていいか判らなくなってしまう。

まずはそこを大切にしようよ、と先生が言う。
「ありがとう」
その一言を言うだけでどれだけ気持ちが明るくなることか。
「おはよう」
「ただいま」
「おかえり」
「おやすみ」
そんな簡単な、でも見落としがちな言葉。
笑顔も、ちょっとした楽しみを持つことも、とても大切なこと。

「だから、薬を飲みたくなったら必ず連絡して。約束よ。」
先生は真面目な顔をしてそういった。


そして、先生に今日は打ち明けたことがひとつあった。


私の大伯母は、狭山市の療養型老人ホームに入っている。
要介護度は5。

面倒を見ている伯母さんの話を訊くと、
もう口もきけないし、テレビのスイッチも入れる気力がなく、
ただ天井をぼんやりと見つめたままだそうだ。

いくらなんでも、可哀想だと、その話を初めて聞いたとき思った。


大伯母は私の恩人でもある。

実父の姉が、山梨の実家に帰ったとき、
実父の父が死んだ事への恨みをぶつけるようにして、
酷い育てられ方をしているのを見ていられなかったと、
わざわざ早く引き取るように連絡をくれたのだ。


それから程なく、実父は大伯母の元に、お金を無心しに来た。
実父はかなりお金に困っていたらしい。

丁度私が5歳の、夏の終わりだった。

大伯母さんはこう切り出した。
「ここに100万円あるわ。これは返さないでいい。
 でも、そこにいるこの子を返してちょうだい。」

実父は私を売り、
大伯母さんのおかげで、東京に帰ってこられたのだ。

でも、最後の日のお父さんは優しかった。

小さな白い車に乗り、
「のど乾かない?」と訊いた。
まだ暑い夏の車の中で、私はアイスが食べたいと言った。
当時、通っていた保育園で、
みんなが持っていた、アイスキャンディーの棒の部分が、
集めると組み立てられるようになってるの。

お父さんはそれを一生懸命捜してくれた。

「捜したんだけど、見つからなかったんだ。これでいい?」

私にはそれで十分だった。


大伯母の家には母と、2番目の父らしき人が来ていて、
母はただただ泣いていた。
「何で泣いてるんだろう」と思ってた。

「取引」が終わるまで、
母の話では、新橋駅前のショッピングセンターの中を、
泣きながら手を繋いで歩いたそうだ。

残念なことに私は覚えていない。

そんな大人同士のやりとりを他所に、
私は母方の実家にたどり着いた。
そこには私の大好きなおばあちゃんが待っていた。

私の背丈までしゃがんで、ぎゅっと抱きしめてくれた。
涙をこぼしながら。
「こんなに汚れて。今からお風呂に入ろうね。」

東京に戻ってきて、初めて抱きしめられた思い出。


大伯母さんは、祖母の妹。
一時は私も険悪になったこともあったけど、
それでも、やっぱり私を救ってくれたのは、彼女だ。


だいぶ前だけど、彼女の入っている病院に連絡して、
ケースワーカーさんと話したけど、何だからちが明かなかった。

彼女の現住所のある市のケースワーカーさんも、
「新任なので判らなくて」とかいって、話にならなかった。

けれど、今日電話した地元の区役所は違ってた。
とても細かいことを説明してくれて、
こういうことはこちらの施設に電話してくださいとか、
入所できる病院のリストは区役所にありますとか、
ケースワーカーさんの動きが悪いのであればこちらからも連絡します、と。

最後に電話をかけたのは、デイケアをしている施設。
時々、介護の勉強会をしているらしいのだ。
ベッドから起こしてあげたり、車いすに乗せてあげたりといった、
練習をさせてくれる講座。

「ベッドに寝たままで、口もきけずにいるなんて、可哀想で。
 私はせめて、いつかは車いすに乗せて、散歩に連れて行ってあげたいんです。」

そういうと、そのワーカーさんはいいました。

「要介護5というとかなり重たいけれど、
 体が動かなかったとしても、マッサージをしてあげたり、
 頭を撫でてあげたり、手を握ってあげたり、
 そういう根本の『感情』は変わらない物なんです。
 だからそうしてあなたが、優しい気持ちを持っているのなら、
 まずは会いに行って、触れてあげるのが一番だと思いますよ。」

鍼の先生が言ったように、
こうして私には、たくさんやることがある。
大伯母さんのことも、これからでるらしい単行本のことも。
休んでいる暇なんかないじゃないと先生は笑った。
「そうしていろいろして、元気になってからでも、過去のことを考えるのは遅くない」

でも私は、気持ちをスイッチさせながら、
両方できたらいいなって思ってる。

欲張りかな。

でも自分のペースで。詰め込みすぎず。


先生ありがとう。
大切なことに気付かせてくれて。


がんばるからね。
悔いが残ることがないように。

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【2008/08/21 18:15】 | 闘病関連 | トラックバック(0) | コメント(0)
希死念慮の強さと不安
数日前にODをした。
手近にある薬をともかく飲んだ。
睡眠導入剤、SSRI、抗不安剤、相方の目の薬、
市販の風邪薬、鎮痛剤。

相方が帰ってきたときにはもうほとんど意識がなく、
思い切り頬をたたかれてようやくうっすらと目が開いた。

そして気が付くと救急隊の人なんかが来ていて、
病院に運ばれたみたい。
「これ、300は行ってるな」そんな声が聞こえた。
向かいの交番のお巡りさんがパトロールでいなかったから、
すぐ近くにいた私服警官がきたそうだ。

ODの理由は、簡単といえば簡単で、難しいと言えば難しい。

相方の仕事の都合で、経済的に困窮している中、
買い物依存こそ収まってはいる物の、
他に楽しみができてしまったからさして事情は変わらない。

お互い、自分のことでいっぱいいっぱいで、
相手を思いやる気持ちなんかなかった。

そして私は、自傷行為なんて物では気が済まず、
確実に死に至るような行動を取ってしまうのだ。
リストカットなんかじゃ死ねないし意味がない。
市販薬を含めた大量服薬や、
切るんだったら頸動脈の方が確実だ。

今の私は、ためらい傷なんて残すほど死に躊躇がない。
どうせならひと思いに行った方がずっといい。
生きることも、死ぬことも、私には今は同じなのだ。

今日も頭がクラクラして、花に水をあげてて転んだ。
行こうと思っていた内分泌科のお医者さんも、
医療情報提供書が渡っているメンクリも、今日は休診。

午後になったら、心優しい鍼灸院の先生に、
ゆっくり話を訊いてもらう予定だ。


今行ってるメンクリは、ものすごく長いつきあいで、
凄くお世話になったけれど、
最初に「ODはしないこと」という約束をしていたから、
もう診てもらえないかも知れないな。
別の病院の目星はついてる。うちからさほど遠くない。


ICUの先生に助けてもらったいのち。
大切にしなきゃ行けないと思うけど、
いつまでそれを覚えていられるだろう。

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【2008/08/21 10:56】 | 闘病関連 | トラックバック(0) | コメント(0)
これから
ODして、退院してから1日。

未だに足元がおぼつかない。

彼は私が眠っているうちに仕事に出かけたらしい。

ちょっとおなかが空いたけど、
頭がクラクラしてそれどころではない。

受け取りそびれている荷物。
連絡しなくちゃ行けない。

伯母さんからも何か届いたらしい。
自分から喧嘩をふっかけたくせに、怖くて受け取れない。

体調がこんなだから、
病院やカウンセリングに行くのも先延ばしだ。

生きるって、どういうことだろう。
改めて思う。

目の前にある山をぐるぐると登っていくように、
いつかその山を登り切れたら。

そんな風に思っていたけど、
今大きなクレバスを目の前にして、
動くこともできずにそこにとどまるしかないみたいになってる。

前にも後ろにも進めない。

いろんな事が苦しくて、
家にいても諍いばかりで、
外に出かけて憂さを晴らすこともできず、
何もできないでいる毎日。

いっそのことずっと眠っていたい。
眠っていたい。

こっそりと義姉さんに相談するのは、
彼がずるいと思うだろうか。

でも本当のことを判ってくれるのは、
義姉さんくらいしか思いつかない。

これから、どうすればいい。
これから、どこへいけばいい。
これから、何をすればいい。

何も思いつかず、感情も消え去ってしまったような日々。

それでも彼と一緒にいようとするのは何故だろう。

判らない。
判らない。

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【2008/08/20 12:45】 | 闘病関連 | トラックバック(0) | コメント(1)
ただいま
一昨日、ここに書き込みをしてから、
チェリー・プラムを投下した甲斐もなく、
気が付いたら、苦しくてODしてました。
残っていたロヒプノール、
相方のカルナクリンから始まって、
残っていたシートの薬を、ぷちぷちと、掌へ。

掌からこぼれる薬。

これじゃ足りないと思って、
部屋の薬の入った引き出しを開け、物色する。

まるまる一瓶残った風邪薬。
少し残っていた鎮痛解熱剤。

割れるように痛む頭を抱えて、
それでも普段飲んでいる薬を口に運んでいた。

相方に、間際に迫っていたやり残したことをメイルする。

そのうち意識がとぎれる。

最後に覚えているのは、相方と、男性二人(おそらく救急隊員)が
わーわー言っているような状態。


前回のような、命に関わる薬を飲んでいなかったので、
入院は短い間で済んだけれど。


私はどこへ行けば良いんだろう。


何で彼は、こんな私といつまでも辛いとかいいながら一緒に居るんだろう。


単なる情ならいらないよ。


でもここをでて、わたしはどこへ?


判らないよ。

安寧の地なんてこの世のどこにもないんじゃないんだろうか。

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【2008/08/20 00:45】 | 闘病関連 | トラックバック(0) | コメント(0)
今も
子供の頃とさして変わらない生活。

もう少し待ってといわれて、どれくらい経つだろう。

何かにつけ八つ当たりされ、
私の身に自由などなく、
何をするにも許可がいり、
相手の顔色をうかがい、
相手が不機嫌ならその状況に怯え、
言いたいことを言えば最終的に自分が悪いことになる。

平和なのは相手の機嫌が良いときだけ。

相手は悪いと思ったら何かお詫びに甘い物を買ってきたりするけれど、
私にとってはそれは侘びしい物以外の何でもない。

私が小さい時も、
同じ思いをしていたんだろうね。
自分に自覚がなかっただけで。

どこにも行く場所なんてない。

働くことも今の体や、病状ではできない。

日常生活すら満足に送れない。


これじゃあ、小さくても死のうと思ったのは当たり前だよね。
大人でもそう思うのだから。


これからどうしろと言うのだろう。

ここを出て行けば、安心して暮らすことができるか、
満足な治療が受けられるかと言えば、それも無理だろう。

きっと治療費と生活費だけでいっぱいいっぱいで、
自分の首を真綿で絞めるような事になるのは目に見えている。

だからといってここは安全な場所かと言えばそれは違う。



もう終わりにしたい。
いろんな事全てを。

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【2008/08/17 14:00】 | 闘病関連 | トラックバック(0) | コメント(1)
雨の夜も、晴れた朝も


日々のよしなしごと、そして闘病記録。

プロフィール

Author:磯村梨絵子
料理やお酒を生業とする、PTSD・依存症と闘うACサバイバー。現在鬱病を合併しているので、ゆっくりとしたペースで仕事や日常のことをこなしつつ病気と闘っています。
生来の凝り性のためかかなり多趣味。こいつが依存症に拍車を掛けていたり。現在は病院とカウンセリング、バッチフラワーレメディなどを取り入れて治療をしています。
依存の対象は心の病が大きな問題になるまでもいろいろと変遷しています。子供の頃からお小遣いをもらうとすぐに使い切ってしまうのは普通のことで、中学生の時には軽度の摂食障害なども経験しています。買い物依存は長年対象を変えてずっと続いている大きな問題のひとつです。
家族は相方とミニうさぎとオカメインコ。静かな環境に引っ越して、ガーデニングなどしながら、マイペースに自分と向き合っています。
日々のことや闘病のこと、いろいろと思うことなど書いていこうと思います。



ちょっと便利なサイト。
ネットショッピングする人には欠かせないポイントサイト。私も愛用しております(笑)。


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