今朝、大きな箱が届いた。
最後の、花の苗の箱。 ミニバラやらつる薔薇やらともかく薔薇が一杯。 昨日は酷い二日酔いでできなかったから、 今日ベランダのラックを組み立てて、買っておいたスリットポットに移そう。 土、足りるかな。 植物は、飽和状態なのでもう買えないし、 今はまだ自分の経済状態が良いわけではないので、 大好きなアクセサリーを買うには無理があって。 でも、見つけてしまった。 新しいターゲット。 タイニー・ベッツィーっていう8インチドール。 家には2体だけあって、その後買っていなかったんだけどね。 かわいいから欲しいと思っていたんだけど、 ちょうど買おうという購買意欲が出てきたときにモデルチェンジしちゃって、 その後手を出してなかったんだけど、 去年くらいからまた以前と同じような顔だちの子がでるようになったので、 欲しい気持ちがむくむくとわいてきて、 いま、ヤフオクのウォッチリストにはベッツィーとアウトフィットで一杯。 見つけたとき、私、笑ってた。 まるで、獲物を見つけたみたいに。 今うちにいるブライスも、何気に新作チェックはしているけど、 どうも欲しい子がでないので、買わずにいたし。 ベッツィーだったら今の仕事の原稿料で十分買える値段。 色々頑張れば買えちゃう値段。 酷くならないように気をつけないと。 バッチフラワーのセラピストさん、今月が臨月で、 来月はお休みだから、 レッドチェストナットだけは買って、切らさないようにしないと……。 今日は頑張ってベランダの花たちを整理しよう。 エアコンも使う時期になってきたから、室外機前の植物に気をつけないといけないし。 命あるものも、そうでない物も、買った物はせめて大切にしようと思う。 使わないと言うことがないようにしながら。 テーマ:病気と付き合いながらの生活 - ジャンル:心と身体 ![]() |
本当は、ベランダの整理をしないと、
次の仕事に間に合わないのだけど、 どこかの誰かさんから風邪をいただいたらしく、 喉風邪を引いて、微熱が出た。 無理すると、これはまた喘息に繋がると思い、 仕方なく、植木鉢もフェンスもそのままに、 横になることにした。 横になってすることと言えばネットサーフィンか、 最近買った花の本を読むことくらい。 午後、眠くなってお昼寝。 気付けばもう夕方。 相方には風邪を引いたみたいだとメイルで連絡済みなので、 簡単な食べ物を買ってきてもらう。 鎮痛解熱剤を飲むと、喉の腫れや熱っぽさもいくらか楽になるけど、 かなり汗をかいたりしながら、ひたすらごろごろする。 相方が帰ってきてから、とあるショップにぴったりのボックスシーツがあるらしい話を聞き、 実店舗になかったのでネットショップで、ということで、 ネットショップのサイトを開く。 あいにくこちらも在庫なし。 ちょくちょくチェックして、入荷したら買わなくちゃ。 IKEAまで小物だけ買いに行くのも大変だし。 そのあと、ついでにのぞいてみようかなと、 某大手ショッピングサイトをのぞく。 そこには「お気に入り」というリストが作れるようになっていて、 気になっていた商品をチェックしておいて、 あとで購入したいときに買えるシステムになっている。 最近は、オークションにもちょっと飽きてしまって、 (たぶん着物をオークションであまり買わなくなったからだと思う) ショップばかりで買い物をしている。 まあ、買い物の対象が今は植物に偏っているので、 そのせいでそちらばかりなのだろうけれど。 何だか判らないけれど、ふと思い立って、 もう置く場所がないかも知れないというのに、 クレマチスの鉢植えと、グランドカバー用のヒューケレラを買う。 えらくポイントがたまっていたので少し安く付いたけれど、 それでも結構な額の買い物をし、 買った物はお気に入りリストから削っていく。 それで、削っていくうち、お気に入りリストは、 相方が欲しがっていた道具や、今後必要なものがほとんどになり、 1ページに収まってしまった。 それは当然だよね。 ベランダの広さには限りがあって、 もう植物を置くスペースを作るのに必死なわけだから。 植物がお気に入りリストからなくなるのは当然のことで。 それでも欲しいなと思う物はあったりするのだけれどね。 薔薇の苗とか。特に流行のブラウン系の苗。 あと、薔薇の花は、名前がロマンティックだよね。 そんなものをお気に入りに入れてみたり。 そうして、ページが1ページしかなくなって、 それがほぼ実用品だけになってしまったとき、 強烈な恐怖感を覚えたのだ。 自分の心にぽっかりと開いた穴の存在だ。 それに気が付いたのは25歳くらいの時で、 最初のカウンセリングを受け終わる頃だった。 私は「母親が理想だと思う自分自身」を母の代わりに生きていて、 自分自身を生きていなかったことに気付いたとき、 心にぽっかりと大きな穴が開いて、 最初、どうして良いか判らなかった。 その後日常に流されるままに、 それでも、誰にも束縛されることなく、 誰に恐怖を感じることもなく生活をしていたけれど、 最終的にはまた母の手でそこに引き戻され、 私は病気になるわけだけれど。 買い物依存は、鬱病にかかった初期の頃がものすごく酷かったのを覚えている。 ともかく何かを毎日買わずにいられずに、 ずっとオークションなんかをして、着物なんかを買っていた。 しかも、何を買っているかなんてよく判らなくて、 安くて数があればなんでもよかった。 その後、新たにカウンセリングに通い始め、 鬱が寛解に近くなった頃、その着物達は、一部を残して処分した。 何かすっきりした気がしたのを覚えている。 同じようなものが何枚もあったりして、何をしていたんだろうと、 処分する様子を見ていて思ったりした。 けれども、また同じ事を繰り返して、 着物は元の数より増えてしまうわけだけれど。 今は、欲しいと思う物がかなり限定されてきたので、 無駄に買い物をすることがなくなった。 その代わり、欲しい着物や帯は高額なものへと当然のようにシフトしていく。 そして、依存対象も他の物へ。 引っ越しをするときは家具やインテリア雑貨だっただろうし、 今のように、ベランダを彩る季節の花たちや観葉植物。 その、依存対象がなくなるというか、 欲しい物がなくなることが強烈に恐くなったのだ。 本当に、心にぽっかり穴が開いた感じで、 不安で不安でたまらないのだ。 その時に思い出したのが、 小さい頃、山梨の実家に預けられていたときに、 唯一与えられたといってもいいおもちゃの、 小さな手鏡のことだった。 私が住んでいた家は何にもなくて、 道に面していたのだけれど、 表に出してもらうことはできなかった。 部屋でAMラジオがかかっていたのを覚えている。 そして、いつだったか、誰かにプレゼントされたその手鏡を受け取った。 家に鏡がなかったのか、鏡に自分の顔が写ることがとても面白くて、 1日中鏡を眺めていた。 その手鏡は、小学生の頃から何度も引っ越しをするたびに、 もうこれはいらないな、と思ってゴミ袋に入れるのだけれど、 何故なのか判らないけど、引っ越して荷物を開けると、 必ずその手鏡は荷物の中に入っているのだ。 なんでついてくるんだろうと思ってた。 でもついてきてたんじゃないんだね。 私が小さな頃の大切な宝物を、 荷物を整理している間に、ちょっとした解離を起こして、 小さな私が荷物の中にしまっていたんだろうと思う。 毎回おかしいな、と思いながら、化粧品の引き出しなんかにしまう。 もちろん、普段遣う訳じゃない。 大人になってからそれに気付いて、 まるで観念したかのように、荷物に入れて持ってくることにしている。 おそらく、親の愛で満たされることもなく育ち、 物だけをともかく与えられてきた私は、 欲しい物がもらえる=親が私をほめてくれている、 と、心のどこかで感じていたのかもしれない。 実際、テストで100点とったらあれを買ってあげるね、 なんていわれることはよくあることだったし。 でも、私は満たされなかった。 所詮物は物でしかなく、愛情とは違うし、 「やったねー、よく頑張ったね」とか言って、 抱きしめられて頭を撫でてもらうとかそういうことは一切なかったし、 100点のテストですら、おそるおそる出していた記憶がある。 かといって、相方の愛情が欠落しているかと言うことではなく。 相方はまた別で、やっぱり私は母親の愛情が未だに欲しいのだ。 それを埋め合わせるためにひたすら買い物をし続ける。 そして、自分は買い物ばかりして最悪だと思ったりする。 母親はこの間の忘備録の中で、 私を手放したのは事実だと悔いていたけれど、 それを悔いていようと、謝られようと、 失ってしまった時間は取り戻せないのだ。 その間に虐待を受けた事実も、私の中から消えることはない。 実を言うと、私には日常の生活の中でできないことがある。 例えば、ペットのトイレの掃除。 ごはんや水はあげられるし、遊んであげることはできても、 トイレの掃除だけがどうしてもできない。 これは、帰ってきてすぐの頃、 デパートなどでトイレに入ろうとすると、 トイレが近づいた時点で吐いてしまったりしたのと通じているんじゃないかと、 私自身は解釈している。 それから掃除。 ともかく掃除が苦手で、 埃を払ったり、掃除機をかけたり、部屋を綺麗に保つのがものすごく苦手だ。 これも、小さな頃の、記憶が欠落している頃の自分に起きていた、 何かがそうさせるのかも知れないとうすうす前から思っていた。 手洗いで下着を洗うこともできない。 これは理由が分かっていて、 父方に引き取られていた頃、 自分の靴下や下着を自分で洗っていたと母方の祖母が話していたので、 それを思い出してしまうのだろう。 小学校の6年生くらいの頃、 母親から自分の下着は手洗いするように言われたとき、 強烈な嫌悪感を感じて、1ヶ月続かなかったのを覚えている。 もちろん、酷い嫌味も言われたりしたけれど。 そうした日常の行動に、 自分の過去が影を落としていて、 そのあとに母に引き取られてからも、 私は私自身を生きていなかったから、 どうして良いのかたぶん判らないんだと思う。 3歳から25歳まで、その人に嫌われまいと、 棄てられまいとして、ともかく好かれようとして、 何でも言うことは聞き、言いなりになって生きてきた。 思春期を過ぎてある程度は自己主張をするようになっても、 基本的な部分は全く変わらなかった。 まるで、オズの魔法使いのスケアクロウのように、 ひとに優しくすることはできても、 自分は機械で、ハートがないみたいな。 そんな感覚。 そして今日も私は何かを買おうと探し続けるのかも知れない。 それが何になるのかは判らない。 子どもの頃の心の傷がこんなにも大きな影響を及ぼすことを、 判る大人がどれだけいるだろうか。 少なくとも私が子どもの時は、いなかった。 きっとそういうことなんだと思う。 子どもを精神科に連れて行くなんて発想もなかっただろう。 もし、今のように子どもでも精神科で見かけるような社会だったとしたら、 私はこんな風にならずに済んだかも知れない。 あー、こんな後ろ向きなことを考えていても仕方ないね。 少し喘息の、胸の音がするから、吸入をして眠ろう。 いつまでも、自分の心が収まるはずの穴を埋める物を捜すのは止めて。 テーマ:心的外傷後ストレス症候群(PTSD、C-PTSD) - ジャンル:心と身体 ![]() |
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