ふがいないといいますか
なんといいますか。
毎回ギャラのでる日に落ち込むのはもう止めたいと思いつつ、
毎回同じ事を繰り返してるんだよなあ。
なんでこうなるんだか。

というか、FC2の心と体のスレッドテーマの中に、
買い物依存症とか、依存症がないのが不思議。
(アルコール依存はあるのだけど)
私、もう2つスレッド作ってるから作れないんだよなあ。
誰か作ってくれないだろうか。
なんか同じテーマでいっぱいスレッド立ってるのもあるし。
まあ、病んでいる人ばかりだからある意味仕方ないのかも知れないけど。

と、それはさておき、
買い物依存の話。

買い物依存って、大概の場合、
依存の対象が転々と移っていくので、
それをどれだけ軽くできるかは、
本人の努力次第なのかも知れないんだけれど、
ここのところ、ちょっと額の大きめのものにはまっているせいか、
気がつくと大変なことになっちゃったりしていることもあったり。

着物だったり、ジュエリーだったりというのは、
私がはまるには10年早いんではないかと(笑)。
でもまだ、オークションとかリサイクルで買ってる分いいのかなあ。
誂えだしたらきりがないんだろうし、
額も相当大きいだろうし。
まあ、オークションとかで買っても、
メンテナンスに結構費用がかかってしまうから、
お金がかかることには変わりないんだけどね。

でも、なんで買い物なんだろうって考えることが最近ある。
なんで薬物やアルコールじゃなかったんだろうとか。
私の場合、思春期には軽い摂食障害をやってるんだけど、
摂食障害から買い物依存へ移行するケースは結構多いみたい。
でもじゃあ、なんでそれに依存しているんだろうっていうと、
全然答えが出ない。

何かにコンプレックスがあって着るものをやたらと買うとか、
そういうことではないし、
依存対象もファッションから人形みたいなものまで多種多様。
単純にそのとき、興味のあるものにつぎ込んでいくのだけど、
最近はそれがじりじりと持続するのよね。

人形は数が多くなったこともあって、
欲しくてもなるべく買わないようにしてるけど、
アウトフィットのショップがオープンすると、
数万円分買うなんていうのは今でもよくあることだし、
(おかげで人形の服だらけ(笑))
ネイルカラーも新色出れば欲しくなって、
全色コンプとかはしなくなったものの、やっぱり買ってるし。
(結構手元のケースを見て似てるからと言い聞かせて我慢することはある)

着物は、ある程度持っているんだけれど、
欲しい物をあげたらきりがないからねえ。
もうそろそろ、欲しい対象を絞れるようになってきたというか、
あんまりあれもこれも、という買い方はしないけれど、
それでも欲しい物に出会ってしまうとほんとに弱い。

今日もこの間羽織らせてもらった琉球絣を、
買いたいところをぐっと我慢しているところ。
……だって、明後日洗いに出した着物が戻ってくるんだもん(泣)。
今回染み抜きに出したら、柄入れが必要になってしまったので、
(黄変箇所を隠すために上から柄を入れるのです)
結構な額になってしまったのですよ。
あれがなければ買えたんだけれどなあとか思ったり。
でも気に入って買ったものだから、大事に着ようと思って、
洗いに出したのだし……。

不思議なことに、ネットで探している方が、
着物の場合は衝動買いが少ないかなと思う。
羽織らせてもらって、顔うつりが良かったりして、
薦められたりすると弱いみたい。
それで、おなじ店で出物を見つけてしまうとつい買っちゃう。
リサイクルとかで買ってると、
そういうのも出会いだったりするのでつい。
それで、買ってから「やっちゃった」と思うことはすごくよくある。
オークションだと博打みたいな部分があるから自省が効くのかな。
目の前にあると、試せちゃうからかえってよくないのかもしれない。
もう買うものは絞っていこうって決めてるんだけれどなあ。
本当のお気に入りだけを残していこうと。

それと、最近はまってしまってるのが、
ヴィンテージビーズ。
またビーズかい、って感じだけれど、
ヴィンテージを扱ってるショップに行って、ちょっと買って、
それからネットショップを探していろいろ知ってから、
帯留め作ったり、帯飾り作ったりしてるんだよね。
オークションで売ってるけど、自分の分も当然作る。
ヴィンテージは当然といえば当然だけれど、
現行の物より高かったり、
他にも必要なパーツを買い足したりするから、
結構な額になっちゃうんだよね。
オークションで売れるとも限らないしねえ。
そのあたりは悩ましいところ。
自分の分だけ買って作ってる方がまだいいのかなあと思ったり。
でも、自分が身につけないようなものでも、
作ること自体が楽しくて買ってる部分もあるので、
これ、何ともしがたいと言いますか……。

なんか買い物依存症なのか、
ただの多趣味の道楽者なのか、
正直わからなくなってきてしまいました……。

しかも買い物のしすぎでカウンセリングに行けないってどういうことよ(^_^;)
いや、前回予約していて行けなかったから、
今度行くと普段の倍かかるので(キャンセル料全額だから)
そのせいもあっていけないんだけど、
本当は行って、この辺の話はしなくちゃいけないんだよなあ。
他にも相談したいことがあるし……。

うーん、どうしたものか。



と、さっき書いてから、
バッチのセラピストさんに、
今月のメールカウンセリングのためのメールを書いていて、
あ、そういうことかって気がついた。

私、私のためにものを買っていたんだ。
別にコンプレックスがあるとかじゃなくて。


私ね、ものをねだるとか、すごい苦手なのね。
子供の頃から、ずーっとそうで、
ほんのちょっとそう言うアピールをするだけでも、
それが少額のものでも、すごくドキドキする。

物心ついたときには、
ものをねだるのは悪いことで、
ねだると怒られるって思ってた。
だから親とスーパーに買い物に行ったりしても、
お菓子ひとつねだったことがなかった。

それから、私が欲しいとか、綺麗とか、かわいいとか、
親に何となくアピールをドキドキしながらすることがあっても、
親はそれに対して、いつも眉をひそめて、
そんなもののどこがいいのって顔をされた。
その度に私は、やっぱり悪いことなんだって、
自分の好きなものは認めてもらえないんだって思っていて。
親がいいと思うものだけを買い与えられてきたから、
本当に自分が欲しい物を買ってもらうことは、
全くと言っていいくらいなかった。

たぶん、そうして傷ついた、
私のインナーチャイルドへの代償行為なんだろうね。
自分が気に入ったものを買うことで、
傷ついた自分を癒してるんだね。
買ったものとか、
買ったヴィンテージビーズで作ったものを
素敵だねって褒めてもらえたりすると、
すごく嬉しかったりするのも、きっとそのせいなんだと思う。

書き出してみると気付くことってやっぱり多いなあ。
さて、今回どんなレメディが出るんだろう。

それより、ACのグループカウンセリング、
真剣に行くこと考えた方がいいかも。
こういう問題も、解決できるかも知れないし。

今月無理でも、来月は必ず。

テーマ:メンタルヘルス - ジャンル:心と身体

【2006/07/31 19:13】 | 買い物依存症 | トラックバック(0) | コメント(0)
夏の色
nail033


久し振りに今日の爪。
後ろのキーボードが激しく汚れてるのは気にしないでください(^_^;)
キーを外して掃除したいんだけどなかなか時間がとれない。

珍しくオーバルにしてるんですが、
どうもこのところ、水仕事を結構するせいなのかなんなのか、
爪が端からどんどん2枚爪になってしまうので、
仕方なくオーバルって感じです。
やっぱりファイル変えようかな。目の細かいやつに。

今日のカラーは、
OPI ハワイアンオーキッド2度塗りに、
TiNS サーフガールをシロップ。
夏の定番カラーって感じの色。
これからはカラフルなグリッターとかを使うのが楽しいシーズンだね。

しっかし、ポリッシュ入れてる箱とか、整理がつかなくなっているから、
ちっとは整理せねば。

テーマ:☆ネイル☆ - ジャンル:ファッション・ブランド

【2006/07/31 18:32】 | ネイル | トラックバック(0) | コメント(0)
さがしもの
さがしているものがあります。

それは、私の、父方のお墓。
おそらく、私を虐待したであろう、祖母の眠るお墓。

琉球のママに言われてからずっとひっかかっているんだよね。
「お母さんの方のお墓には行ってるけど、
 お父さんのほう、行ってないでしょ?
 そっちに行かなくちゃダメ。
 そこにいけば、いろんなことがきっと解決する」
確かに私は、父方のお墓参りなんて、行ったことがない。
だいたい、父の消息すら知らない。
本籍変えられていたら、場所もわからないだろうし、
戸籍謄本をたどっていって、父の居所が分かったとしても、
もうすでに、家庭を持っているということは聞かされているので、
(母が2番目の父と離婚するときに戸籍謄本からわかったようです)
そこに突然連絡をするのは、申し訳ない気がして。

私が、父方の祖母の元で暮らしていたのは、
3歳から5歳までの約2年。

前にも書いたかなと思うけれど、
その頃の記憶は、ほとんどありません。
覚えているのは、楽しかったことだけなのだけど、
相当いろいろなことがあったらしく、
それについては、母方の祖母から、
ほんの少しだけ、ざっくりと話を聞きました。
すべて、帰ってきたばかりの私が、
祖母に話したことらしいですが、
私はまったく、当時のことを覚えていません。

自分で、蓋をしてしまった記憶。
実際、こうして書いていると、
頭の後ろの方がちりちりとして、
手の甲に、フラッシュバックしたときと同じような痛みが甦る。
本当は思い出しちゃ行けないことなのかもしれない。

自分を守るために、
脳の中のどこかの回路が、
その記憶を遮断しているのだろうけれど、
私は、知りたいんです。
どんなところに住んでいて、
父親や祖母はどんな人で、
どんな生活をしていたのかを。

小さな頃の、その記憶の断片に、
近所のお友達の家が葡萄園だったのを覚えているのだけれど、
(今思うとすごくよくしてくれた、唯一の人だと思う)
大人になって、あるとき、
私が母に「お父さんの実家で、私が住んでいたのはどこなの?」
と訊いたとき、
母は苦笑いをしながら、
「あのね、どこだと思う?あなたが良く知っている所よ」
と言われました。

仕事で良く当時行っていた、山梨県の塩山という町。
日本のワイナリーがたくさん集まっている場所ですから、
私も仕事で、頻繁に訪れていたのです。

母は、そんな仕事をしている私を見て、
皮肉だなと思っていたそうです。

私は、何かに導かれるように、
気付いたらワインの仕事をしていたし、今もしているけれど、
それも、何かの因果というか、縁なのかなと思ったりするのです。

今日、たまたま、別の用事があって、
親しくしていただいているワイナリーの社長さんに連絡をしたとき、
ちょっと相談があるから、と少し話をしました。
「探そうと思えば見つかると思うよ」と言ってくれて、
近々会いに行きますと言って電話を切った。

ものすごくドキドキしてた。

多分知りたいけれど、すごく不安で、怖いのだと思うし、
私の中の、何かが邪魔をしているんだと思う。

でもきっと、あの丘の上に立ったら、
何かが判る気がする。

大人になった自分から見た、
当時の父親の思いや、祖母の気持ちも。
そして、その頃の、
苦しくて辛くて、悲しかった、
子供の頃の私の思いも。

周りの人にも会えるなら会って、
話が聞きたいと思ってる。

たぶん、担当医は言うと思う。
「そこまで掘り下げる必要があるのか?」と。
精神的に不安定になることは確実で、
何が起こるかわからないから。

でも多分、呼ばれている。
だから、学生の頃には、父と同じようにギターを持ち、
今は、ぶどう畑のことを考えてる。

きっと見つけてくる。
途切れた記憶を。

ぶどう畑の葉が枯れて落ちる頃に、
辿り着けたらいいな。

良きにせよ、悪しきにせよ、
私を想ってくれた全ての人の元に。
そして、本当の私の元に。

テーマ:心的外傷後ストレス症候群(PTSD、C-PTSD) - ジャンル:心と身体

【2006/07/26 17:28】 | 闘病関連 | トラックバック(0) | コメント(0)
心も雨降り
昨日の夜から降り始めた雨は、
ずっと止まないままだね。

私の心も、昨夜から雨降りです。
ちょっとがっかりするようなことがありました。

例えばこのブログでもそうだけれど、
相手にコメントをつけたりするときに、
ひとつひとつ言葉を選ぶことで、
お互いを思いやりながら、
楽しくコミュニケーション出来たらなと思うけれど、
思わぬクセが人を不快にさせてしまうこともあるんだよね。
そんなことで傷ついたり、
間に入った友達が板挟みになっていることを悲しく思ったり、
いろいろなことがあるけれど、
そういうことは、本当なら起きて欲しくないことなので、
とても悲しいし、
そういう「ケンカ」を見るのも辛いしやるせない。

知人が言っていたけれど、
全ては愛が足りないから起きることなのだと。
本当にその通りだと思う。
どんな相手に対しても、愛情や思いやりをもって、
ひとつひとつ丁寧に言葉を選んで接していけば、
そんなことは起きないはずなんだよね。

私自身も傷ついたけれど、
今回は問題が旦那がらみだったので、
旦那も怒っていたり。
自分があずかり知らないところで、
大切な人を嘲られたように彼は感じて怒って。

もういろんな人が傷つくのを見るのはいやだな。

でも人の中にいればそう言うこともあると思うけれど、
そんなことばかり続くと、がっかりしちゃう。



それは置いておいてね、
私の義弟がプルタブを集めています。

彼は生死の境をさまようような大事故をして、
意識が戻らず、みんなダメだと思っていたのに、
奇跡的に回復をして。
たくさん骨折して、特に腰骨の損傷が大きかったので、
もう歩けないだろうと誰もが思っていたのに、
今、ちゃんと歩けるんです。

左半身に若干の麻痺と、
脳内出血をおこした影響から、精神障害が残ったけれど、
彼なりに出来る善意をと、集めているのがプルタブ。
アルミ缶のプルタブを集めて送ると、
車椅子になるのです。

私は、彼がそれを集めていることに感動して、
うちでも集め始めました。
集めて、彼の元に送ろうと思っています。
どうやら、ドラム缶1杯分まとめて1か所から送らないと行けないようなので。

友達にも頼んで、私の元に送ってもらうことにしています。

もし良かったら協力してくださいね。
1台でも多くの車椅子が、
必要とする人の元に届けられるように。
送ってもいいよ!という方には、
コメントから捨てアドくださればこちらから連絡しますので……。
(アドレス書くときはコメント欄にロックかけてくださいね)

でもまあ、いろいろあって今日は心も雨降り。

少し休もうと思います。
本当は今日からいろいろしようと思っていたのにな。

テーマ:雑記 - ジャンル:日記

【2006/07/24 15:08】 | 日々のこと | トラックバック(0) | コメント(3)
出会いと別れ
16日、お昼前に目覚めると、
マナーモードにしたままの旦那の携帯に、
13件もの留守電と着信履歴があった。

実は1週間くらい前から、
彼のおばあちゃんの具合が悪く、
病院に入院したという話があって、
なるべく、話ができるうちに会いにおいで、と言われていたのです。
それで、この週末に会いに行こう、という話をしたばかり。

なのにこんなに早く亡くなってしまうなんて。

実は、すごくいろいろな事情があって、
私は彼の、母方の親族とはまったく会っていなかったんです。
暮らし初めて10年、籍を入れて3年になるけれど、
彼は、前の連れ合いさんと離婚したことすら、
お姉さんにしか知らせていなかったのです。
それくらい、何かとそういうことで面倒が起きる家族らしいので(笑)。

去年の秋、父親違いの彼の弟が、
交通事故で数ヶ月生死の境をさまよったときも、
私は「来てもやることないから」と言われて、
一緒に行くことが出来ず、誰とも会っていなくて。
そこでようやく、彼のお母さんだけには、
私とのことを知らせたそうです。

なので、おばあちゃんに会いに行くときは、
心臓も弱っていたりすることもあるから、
私はおばあちゃんに直接会わず、
一緒に行くだけ行って、ご家族には会って挨拶をしておこう。
そんな話をしていた矢先に亡くなってしまって。

ともかく急いで行こう、ということで、
いろいろと支度をして、夕方には東京を出て。
私だけ翌日から来ればいいよとお姉さんには言われたけれど、
何かと人手も必要だろうからと、一緒に行くことにしました。

夕方まで時間をとってしまったのは、
自分、太ったのでフォーマルで着られるものがなかったため(笑)。
それを探しに新宿のデパートまで出かけていたわけです。
幸い、セール中の服の中に、
若干胸元が開いているものの、着てもおかしくない服があったので、
お安く済みましたが(^_^;)

買った服を着て、3日間必要な下着とか着替え、
(友引だったので、仮通夜〜葬儀まで3日かかったので)
必要な細かいものを入れて、
ともかく彼の実家へと向かう。
斎場のある街に着いたのは、夜8時頃。
雨の中を、お姉さんが車で迎えに来てくれていました。

控え室にはいると、彼のお母さんが出迎えてくれた。
ご挨拶をしてすぐ、
「顔見てあげて」と私と彼に言う。
とても安らかな、綺麗なお顔をしていました。

入院して、そろそろ、という話があって1週間ほど。
でもその間にはいろんなことがあったようで。
実際に面倒をみていたおじさんから、いろんな話を聞かせてもらう。

最初のうちは、点滴や酸素マスクといった、
体中についている管がほんとうに嫌だったらしく、
おばあちゃんは「病人扱いするな」と、
自分でそれらを勝手に抜いてしまったり、
そりゃもう、なんで入院してるのくらいの元気さだったらしいのだけど、
実際には肺と心臓が弱っていて、
ちゃんとした治療が、当然必要な体ではあって。

亡くなる数日前に、下がっていた血圧を上げるために、
血液を少しさらさらにするお薬を投与したら、
それが効きすぎてしまったのか、さらさらになりすぎて、
血圧が若干上がったものの、状態が良くなく、
今度は血液を凝固させる薬を投与。
その後容態が急変して朝7時に亡くなったそうです。

色々話をしていく中で、私と、旦那と、お姉さん、お母さん、
それから、施主であるおじさんとで話しているときに、
おばあちゃんが最後まで外さなかった指輪の話になりました。
そのまま燃やしてしまうのではなく、
外して骨壺に入れてあげよう、という話になったものの、
果たして外れるか?ということに。

指輪自体はゆるいけれど、
手を胸の上でしっかりと組んだ状態になっているので、
そこから外さなければなりません。
どうしても間接に引っかかっちゃうから、
ゆっくりと間接を伸ばしつつ、それでも外れず。

そこでふと、自分が、
靴擦れ防止スティックという、
ワックス状のものを持っていたのを思い出し、
それを取り出して、間接に塗って、
ようやくするりと、指輪が2つ、抜ける。
「あー、よかった。これで入れてあげられるね」
と一息。

疲れているおじさんが帰った頃、
彼の弟がやってくる。
そう、去年の秋に、交通事故で生死の境をさまよい、
後数十分処置が遅れたら、助からなかったほどの、
大きな怪我をして、一命を取り留めた弟です。

今は脳と左半身に障害が残るものの、
本当に奇跡的に、歩けるようになって、
ちゃんと仕事をしながら、元気に生活をしています。
そんな話もしながら、夜遅くまで、兄弟だけで話を。
ずっと、お線香が絶えることがないようにしながら。
実際には巻き線香があったので、
お線香をあげる必要はなかったのだけれど、
どうしても、それだけでは悲しすぎて、
私自身も嫌だったので、
ずっと、時々振り返っては、お線香をあげて。

その晩は、私と旦那のふたりで、そこに泊まって、
仮眠をとりながらお線香をあげました。


お葬式の習慣というのは、本当に地域で違うもので、
彼の実家の周辺では「組合」というのがあって、
(いわばムラみたいなものなんでしょうけれど)
そこの人たちがお葬式を仕切るので、
基本的に施主側の要望が通りにくく、
それをコントロールしていくのがとても大変なんだそうです。
間に挟まったおじさんも、だいぶ苦労をしていたようです。

なので、私たち家族は、
用意されたお葬式にぽんと乗っかるようなものなので、
例えば亡くなったおばあちゃんが好きだった食事を、
たくさん作って持っていくこともなく、
そうした時の炊事や、お通夜の受付などの手間もなく、
ほんとうにそう言う意味では世話がないのですが、
いろんなしきたりのある地域でもあるので、
ありがたいシステムのようでありながら、
なかなか難しいことが多いようでした。

人手がいるだろう、と思って早めに行ったものの、
することというと、お線香をあげることと、
後からやってきたいとこたちをねぎらったり、
一緒にお酒を飲んだりすることくらいなので、
楽といえば楽なのですが、
やっぱり、親族が亡くなる、ということは大きくて、
うちの旦那は、おばあちゃんの顔を見ても、
「実感がまだないんだよね」とつぶやきました。

おばあちゃんの思い出話を、
お姉さんと一緒にする。
彼が聞かせてくれた、
おばあちゃんの美味しい薄皮饅頭や、草餅の話、
夏休みに遊びに行ったときに、
出前で隣の中華蕎麦屋さんからとってくれた、
かき氷の話、
今でも家に残っていて、冬になると引っ張り出す、
自分の着物を崩して作った綿入れ半纏の話、
小さな頃からの思い出を、たくさん、たくさん。

おしゃれで、素敵なおばあちゃんだったというのが、よく判ります。

実は、何年か前、
おばあちゃんの家の前を車で通ったことがあります。
中におばあちゃんがいるのが見えました。
「声を掛けないでいいの?」と彼に言うと、
「いいよ、いろいろと面倒なことになって、大変だから」
暫く遠巻きに、車の中からおばあちゃんの顔を見て、
そこを後にしたのを覚えています。

最後まで、話は出来なかったけれど、
私の中にも、小さな想い出が、いくつか、残っているのです。

お通夜の前に、納棺の儀というのを、初めて体験しました。
私のおばあちゃんのお葬式の時は、
私が到着したときにはすでに納棺が済んでいて、
死化粧の紅を引いてあげただけだったので、
どういう準備をするのか、今回初めて知りました。
みんなで足袋を履かせたり、脚絆や手甲をつけ、
ちょうど私と旦那のお財布にあった1円玉を6枚、
ずた袋の中に入れ、
白装束を上からかけ、草履や杖を置いて。

そこでとりあえず納棺してから、お通夜の前だったかに、
ようやくおばあちゃんの着物が届いたので、
それを棺に収めました。
おばあちゃんのお気に入りだった品のいい江戸褄。
柄行きからすると、決して古いものではなくて、
割と最近誂えたものなのだなというのがわかりました。
江戸褄らしく、裾周りに綺麗な刺繍の施された着物を、
その模様が綺麗に見えるように、裾を整えて棺の蓋を閉めました。

慌ただしいままに、お通夜が終わって、
お通夜のお清めを、従兄弟だけで控え室でして、
たくさんお酒を飲んで、思い出話をして。
途中から、おじさんやおばさんも混じって話をして。
「あれは古い着物なんじゃない?」と、
おばあちゃんの江戸褄の話がでたので、
あれは柄行きから言っても古いものではないと思いますよ、と、
みんなに話をする。
おばあちゃんは小柄だったから、身丈も短いし、
仕立て直しをすると誂えるより高くつくからと、
暫く前に、みんな処分してしまったらしい。
そんなことはないんですよ、こうすれば着られますよ、と話をすると、
私が着物を着ると知っていたら、処分しないで残して置いたのになあ、と、
おじさんに言われたり。
きっとおしゃれだったおばあちゃんのことだから、
思い出のたくさん詰まった素敵なお着物がたくさんあったんだろうな。

たくさん笑って、
時にはお説教をされ、
これからは従兄弟同士で連絡を取ろうねと、
メールアドレスや電話番号を交換して、
疲れたおじさんの体をマッサージしたりしているうちに、
おじさんは眠ってしまい、
おばさんも眠ってしまい、
私たちは、お線香を時々あげながら、
朝早くからの告別式に備えて仮眠を取って。

朝早くに起きて、慌ただしく支度を済ませて、
告別式の席に。

焼香が終わって、お坊さんがお話をしてくれました。

おばあちゃんは、信心深い人だったらしく、
そのお寺に、おじいちゃんが亡くなる前もずっと通っていたし、
月命日にも必ず通ってお参りをする人だったそうです。
本堂で使う座布団を寄進したり、
それはそれは、信心深い人。
そのおばあちゃんが、家族にも内緒にしていたことを、
お坊さんが、話してくれたのです。

そのお寺の観音堂を建て替えたとき、
昔使っていたお賽銭箱が大きすぎて入らず、
仕方がないので処分することになって、
お賽銭箱がなくなってしまったそうで。
そうしたらおばあちゃん、
「観音堂にお賽銭箱がないのはどうかと思う」
といって、お賽銭箱を寄進します、という話になったそうなのです。
お寺さんは当然、それはありがたいことなので、
おばあちゃんの名前を入れて、お賽銭箱を置こうと思ったらしいのですが、
おばあちゃんは、
「絶対私が作ったと言わないで。名前も入れないで。」
と言って聞かなかったそうなのです。
おばあちゃんは頑固な人なので、
お坊さんが諭すことも無理だと思ったらしく、
そのまま、おばあちゃんの作ったお賽銭箱は、
名前を入れずにいまもその観音堂にあるんだそうです。

いつか、おばあちゃんが足を運んだそのお寺に、
私も行きたいなと思いました。

最後のお別れの儀式も、
私のおばあちゃんとは宗派がちがうので、
だいぶ様子も違っていて。
溢れんばかりのお花で棺をいっぱいにして、
みんなで棺に蓋をして、
ひとりひとり順番に、
左右に打たれた釘を、石で打っていく。

なんだかたまらない気持ちになった。
もし私が、おばあちゃんと何度もあっていて、
いろんな想い出がたくさんたくさんあったとしたら、
私はぼろぼろに泣いてしまって、
そんなこととても出来なかったかも知れない。
それくらい、せつなく、寂しく、悲しいお別れ。

そのまま斎場に向かって、骨にしてもらう。
お清めに一口ずつの日本酒。

収骨しますというアナウンスが入って、
控え室から火葬場に行くと、
ステンレスの台の上に、
頭と体を別にして、骨が並べられている。
説明を受けて、骨を拾う。

私と旦那が拾った骨は、
たまたま腰骨か何からしき、大きな骨で、
96歳という年齢を感じさせないほど、
しっかりとした重みのある大きな骨でした。
骨壺に収めおわると、
「大往生だね。幸せに逝ったんだなあ。」と旦那が言う。
病気で長期入院をしていた人みたいに、
たくさん薬を使っていたわけではないから、
本当に骨がしっかりしていて、
火葬場の人も、ここまでしっかりしている人は珍しい、というくらい。
実際、私のおばあちゃんの時は、
本当に小さくなっちゃって、灰みたいなところもたくさんあったから、
そのときを考えると、本当に大往生だなあと感じて、
不思議な安堵感が沸いてきたりして。

最後に、おじさんが喉仏の骨を収め、
仮通夜の晩に外した指輪を入れて、
骨壺の蓋が閉じられました。

みんなが遠くから集まると言うこともあって、
その日のうちに35日法要もやってしまおうということで、
その足でお墓まで行って納骨をすることになっていたのだけれど、
ここで思わぬハプニングが(笑)。

なんと、土砂降りの中、お墓についたのはいいんですが、
「墓が固くてあかねえ」と墓守さん(笑)。

きっとおばあちゃんが
「そんなにすぐに墓になんか入れてくれるな」
と言っているんだと言って、
こりゃあこのまま帰るようだ、と、
親戚一同大笑い(笑)。

少し手間取ったけれど、結局お墓は開いて、
無事納骨も済ませることが出来ました。

斎場に戻って、お清めを済ませて帰る。
さすがに睡眠時間が少なかったので、帰りはぐっすり眠って、
気がついたら特急電車は終点に着いてました。

まだしばらく、疲れも取れないだろうし、
私よりも、旦那の方が、
これからいろんなことを実感してくるのだと思うので、
ゆっくりと疲れをとりながら、
49日の法要には、またちゃんと行けるようにしたいなと思います。

いずれにしても、こういう形でしか、
おばあちゃんとは会えなかったけれども、
おばあちゃんは、私と彼の親戚を引き合わせてくれた。
きっと、おばあちゃんはそういうこともみんな、
わかってくれていたんだろうなと思うのです。
お姉さんと、電話番号も交換して、
何かあったらすぐ電話するんだよって言ってくれたり、
彼の家庭のことも、いろいろ聴かせて貰ったり。
私にとっては、おばあちゃんとの、最初で最後の出会いでもあり、
また、大切な親戚との出会いの場にもなりました。

ほんとうにおばあちゃん、どうもありがとう。
昔彼に作ってくれた綿入れ半纏、大事に着るからね。
また、お墓にお参りに行くよ。

どうかやすらかに。
そして、いつまでも、見守っていてください。

テーマ:雑記 - ジャンル:日記

【2006/07/19 13:46】 | 日々のこと | トラックバック(0) | コメント(0)
支えるということ
時々ね、思うのですよ。
一緒に暮らしていて、支えるというのはどんなことなのだろうと。
そう、こんなことをちょっと耳にしたときに。

「今月、あそこの仕事ないみたい」とか。

基本的に私も旦那もフリーなので、
営業しても仕事が来なければそれまでだし、
そう言う意味では、かっちりとした定収入がないので、
時々ものすごーく貧乏な月とかあるわけですよ(笑)。
去年がそうだったかな。すごく収入が少なかったので。

収入が減ると、ストレスもたまり、心もすさむわけです(笑)。
お互い気持ちがささくれちゃって、喧嘩になっちゃったりね。

なんというか、旦那さんの仕事は、
ここ数年「過渡期」にある感じがしていて。
今しているジャンルの仕事を続けながら、
本当にしたい仕事へとステップアップする時期が来ていて、
そのチャンスにもようやく恵まれてきたところで。
そう言う時って、周りもすごく流動的というか、
同じようにつきあう人が変わってきたり、
人との出会いも変わってきたりするから、
思いも寄らないことが起きたり、いろんなことがあるんですよね。

それで、今そうして旦那は、
今やっている仕事が減ったり、
別の仕事を始めるチャンスが見えてきたりする中で、
やっぱり金銭的に厳しくなるのが見えたりしていて、
そうなると、必ずストレスがたまってしまうのが見えているので、
じゃあ、私もっと働こうかなあとか思ってしまうのだけど、
今は、彼を仕事に集中させることの方が大切なので、
家にいて、うちのことをする事の方が大切な感じがしたり。
やっぱり、なんだかんだいって、
外で働きながら家のことも全部完璧に一人でこなすのは大変なことで、
それが出来ている主婦の人とか、正直尊敬しちゃう。
私には多分無理だなあと思うのです。
偉いよね。全部出来ちゃう人とか。

私は、フードコーディネートの仕事も一段落してきて、
ものすごく試食や試作、試飲といった作業が頻繁にあるわけでもなく、
月に数回の打合わせやメイルでのやりとりだけで、
ある程度仕事が済んでしまうので出来ているって感じもあるし。
まあ、クライアントが少ないこともありますが。
(むしろ新しいクライアントを捜さなくちゃと思うくらい)

多分これで、外で派遣社員の仕事をしたいとか、
担当医に行ったら「だめ。無理。」ってまた言われるような気がする(笑)。
この間「たまにはそうやって、家にいるのもいいと思うよ」と、
先生に言われたばっかりだもんなあ。
相変わらず小さなことで精神的に弱りやすいというところもあるし、
PTSDのこともいろいろあるし。
派遣は、私にとっては結構手っ取り早い仕事ではあるのだけど、
ストレスを逃がすのが下手だったり、
周りもあまりバリバリと外で働くことをすすめないというか。
頑張り過ぎちゃうからかも知れないんだけどね。

私自身も家のことがおろそかになるのがちょっと嫌だったり。
今みたいに楽しくアイロンかけられない気がする(笑)。
ライターの仕事も営業すればいいのかも知れないけど、
生活が不規則になりすぎるので、ちょっと今は無理かなあ。
基本的に旦那さんペースで生活は回転して行ってるので。
それがバラバラになると結構きついこともよく判ってるし。
楽しいんだけどね、フードライターの仕事とかも。
でもそれでお互いが負担を感じるようになっちゃ行けないし。

私がちょいと病気で買い物しすぎたりすることがあるのを除けば、
(問題はそいつなわけだけれど。ほんとにダメなのよね。)
お金のやりくりというのは何とかなるものだとも思うし、
そう言うことの楽しさもひとつ、あるのだと思うし。
なんかゲームみたいだもんね。食費をいかに抑えるかとかって。
節約も遊びだと思うと苦にならないといいますか。

でもね、彼に我慢をさせるのが嫌なんですよ。
そういえば聞こえはいいかも知れないけれど、
支える側としては、彼がストレスを感じて、
生産効率が下がるのが非常に良くないわけでして(笑)。
精神的にも、肉体的にも健やかでいられるようでないと、
外でバリバリ働くのは大変だなあと思うのでね。

とりあえず、今日の午後、
昼間に検査を受けた旦那から連絡があって、
発症した糖尿病の経過は良好で、
血糖値も食後2時間で150くらいということだから、
かなり下がってきて、もうちょっと頑張ると平均値に近づく。
今日は担当医から褒められたそうです。
網膜だけちょっと悪くなったみたいで薬が出たらしいけれど。
心の方は、緊急避難的に多めに薬を飲んでますが、
それでなんとか持ち直しそうなので、
注意深く変化を見ていかないといけないなあと思ってるところです。

なんとなく、いろんな意味で、支え合っていて、
だからこそ、思いやりって必要なんだなとふと思うのでした。

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【2006/07/14 21:34】 | 日々のこと | トラックバック(0) | コメント(2)
間際になって慌てること
昨日はスタミナがつくけどカラダに優しいような、
そんなごはんを食べた。
簡単だったからまた作ろう、ニンニクのピュレ。
マッシュポテトのような付け合わせになるし。

それはさておき、昨日の夜、旦那が帰ってくるなり、
台所に立っていた私に、
ただいますら言わずに最初に言ったことは、
つい先日、具合が良くないと連絡のあった、
彼のおばあちゃんの話だった。

もう90歳を越えていながらもかなり元気らしかったのが、
最近になって、体の機能が徐々に衰え始め、
特に心臓が弱ってきている、という連絡があったらしく。

でもおばあちゃんは、カラダについてる管が邪魔だとかいって、
勝手に抜いちゃったりしてるらしい(^_^;)

この夏持つかどうか、微妙だから、
早めに会いに来なさい、と電話があったようなのだ。

会わずに後悔しちゃ行けない。
だから、会いに行っておいたほうがいいよと話した。
私はどうするかな。
実は私、まだ彼の母方の親族の誰にも会ったことがないのだ。
ちょっとした田舎なので、
彼が離婚したときですら、それを親族には話していなかったらしい。
だからもちろん、私とのことも、
知っているのは彼のお姉さんとお母さんだけ。
おばあちゃんは知らないのだ。

心臓が弱ってるのに、そんなこと知らせたら、とか、
急に会いに行ってびっくりしちゃったらとか、
そんな心配もあるので、私は会いに行かない方がいいのかなと思いつつ、
まだ会ったことのない、お姉さんやお母さんには会っておきたいとか。
そんなことを考えたり。
だって、もしも亡くなったとき、
お葬式の席で初めて親族と会う、っていうのもどうかと思うので(^_^;)
そういう変なサプライズは避けたいじゃないですか……。

実は去年の秋頃も、そんな心配をしていた。
去年は、彼の父親違いの年の離れた弟が、
生死をさまようような交通事故に遭い、
本当に数ヶ月、目の離せない状況が続いていたので、
やはり同じようなことを心配してた。
そんな風に、家族が慌てている所に、私が行くべきじゃなかったし。
でも、もしも亡くなったりしたら、
お葬式で初顔合わせなの?とか思ったりして。

幸い、弟さんは、様々な後遺障害は残りましたが、
奇跡的に一命を取り留め、今はリハビリしながら、
元気に過ごしているようです。

でも、毎回こんなことで慌てるくらいなら、
とっとと元気になったときに会いに行っておけば良かったんだよね。
だけれど、いつも忘れちゃう。なんでなんだろうね。
お姉さんから一度遊びにいらっしゃいって言われているはずなのに。

そして、お葬式に関する心配事その2

私は病気をしている間にほんとに太っちゃったわけですよ。
なので、ちゃんと着られるフォーマルウェアなんてないわけです(笑)。

親族のお葬式の礼装ってどんなのかなとか調べたりしつつ、
ワンピースか、と思ってネットショップを探したり。

それで思い出したけど、
うちの祖母は和裁士だったんだけれども、
その祖母がよく言ってたっけ。
お盆以外の時期に喪服を誂えると親族が亡くなる、って。
だから、お盆以外の時期に喪服を頼まれると、
すごく嫌だったって言ってたなあ。

そんなこともおばあちゃんから聞かされていたので、
私はフォーマルを購入する機会も失っているわけでして(笑)。

でも直前に困るの、いやだよなあ。
でも、喪服を買うって、何か準備しているみたいでいやだよなあ。

困ったもんです。

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【2006/07/12 12:38】 | 日々のこと | トラックバック(0) | コメント(2)
忘れてはいけないこと
このところ、ちょっといろんなことがあって、
落ち込んだり、ひどく疲れてしまったりで、
自分の殻に閉じこもって、何もせずにいて、
気がついたら、もう10日以上経ってました。

生きていて、人の中にいれば、
いろんなことがあるのは当たり前なのだよね。
私は、1日中外に仕事に出ているわけでもなければ、
子供がいて忙しいわけでもないけれど、
人と接する機会は何もリアルだけではなく、
バーチャルでもいろいろあるわけだし。
バーチャルとかリアルの区別はしてないけどね。
みんな同じように友達だし。

それはさておき、昨日の夜のこと。

眠りにつく前に、旦那と、今日の予定について話したりしながら、
このところの生活全般の話をしていたのだ。
まあ、今後の長期的展望も見据えた話も含めて。

彼は今、すごくしんどい時期に来ていて、
自分が本当にしたいと思っている仕事をするために、
いろんなことを切り替えようと頑張っているところ。

そんなこともあったから、
私は家にいよう、と決めたのに、
このところいろいろで、家のことに手が着いてなかったなあと気付く。
こんなことじゃいけないよなあって。

せめて早く帰ってきた夜には、
疲れを癒すごはんを用意して、
少しゆっくりしてもらいたいなと思ったり。

昨日は何故かあまり眠れなかったけれど、
今日は早めに起きて、
今布団を乾燥機に掛けているところ。
うちの布団、いわゆる低反発マットの分厚いのなので、
太陽の下に干せないのですよ(笑)。
夏でも頑張って乾燥機をかけるのだ。暑いけど(笑)。

乾燥機をかけたら、アイロンをかけて、
台所の片づけをしてスープを取ろう。
今夜の美味しい食事のために。

もちろん料理の試作もしなくちゃいけないので、
その仕込みもしなくっちゃ。

なんかやっとニュートラルな気持ちに戻れた気分。
今日からはまた、ちょっと気を取り直して、
頑張るとします。

でも眠れなかったからすっごい眠い(笑)。
布団乾燥してる横で寝たら暑いだろうなあ(笑)。

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【2006/07/11 10:01】 | 日々のこと | トラックバック(0) | コメント(0)
雨の夜も、晴れた朝も


日々のよしなしごと、そして闘病記録。

プロフィール

Author:磯村梨絵子
料理やお酒を生業とする、PTSD・依存症と闘うACサバイバー。現在鬱病を合併しているので、ゆっくりとしたペースで仕事や日常のことをこなしつつ病気と闘っています。
生来の凝り性のためかかなり多趣味。こいつが依存症に拍車を掛けていたり。現在は病院とカウンセリング、バッチフラワーレメディなどを取り入れて治療をしています。
依存の対象は心の病が大きな問題になるまでもいろいろと変遷しています。子供の頃からお小遣いをもらうとすぐに使い切ってしまうのは普通のことで、中学生の時には軽度の摂食障害なども経験しています。買い物依存は長年対象を変えてずっと続いている大きな問題のひとつです。
家族は相方とミニうさぎとオカメインコ。静かな環境に引っ越して、ガーデニングなどしながら、マイペースに自分と向き合っています。
日々のことや闘病のこと、いろいろと思うことなど書いていこうと思います。



ちょっと便利なサイト。
ネットショッピングする人には欠かせないポイントサイト。私も愛用しております(笑)。


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