普通という言葉は嫌いだけど
私も普通の女なのです。
そして決して強くはなく、
人が思うほど明るくもなく、
みんなが思うほど元気いっぱいじゃなく、
常にニコニコ笑っているわけでもなければ、
言いたいことばかり言っているわけでもありません。

普通の女性と同じように、
好きな人から何かプレゼントされたりすれば嬉しいし、
突然花束を受け取ったりすれば嬉しいし、
優しく髪を撫でられたら素敵な気分になります。

ひとりの人間であることも大切だけれど、
自分のそんなところも、きっと見て欲しいんだと思う。

一人きりじゃ、今の自分には幸せになれない。
たぶん、なれない。

いろんな人や、大切な人に支えられ、
愛をもらいながら生かされていないと、無理なんだと思う。

そう、小さな花が、お水を求めるみたいに。
自分でお水をあげられるほど、
今の私にはバイタリティがありません。

それはお互い様かも知れないけれど、
カラカラになっていくばかりの生活では、
花も枯れ、生きていけなくなってしまう。

野草のように、強かったら。
地中海の野草のように強かったらどんなに良いか。

弱い花みたいな人間で、ごめんなさい。
手入れがたくさん必要な人間でごめんなさい。
手のかかる面倒くさい人間でごめんなさい。

今はそれしか言えないよ。

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【2007/09/28 13:00】 | 思うこと | トラックバック(0) | コメント(0)
脆さ
退院して家に帰ってきて、
何をするわけでもなくのんびりして、
(仕事はしてるけども)
できないことはやらず、したいことだけをするという、
抑鬱状態の時によくありがちな静養方法をとっていたせいか、
今日ふと料理がしたくなったのだけど、
とても些細なことで不安定になってしまい、
ベッドルームに閉じこもり、
(セラピストさんに言われた「自分だけのスペース」は、
 座布団がないためにまだ未完成で閉じこもれない)

寝ている脇には山盛りの洗濯物。
アイロン掛けしなくちゃいけないものは、
綿のワイシャツが多いから、
ワイシャツだけはクリーニングに出して欲しいって言ったんだけど、
それも洗って一緒に山になってた。

それに手をつけることもなく、
色々している間に眠くなり、
少し寝てからさっき起きたけど、
おなかを空かせた相方はどこかに出かけたらしく、
誰もいないのでゼリー状飲料を飲んで薬を流し込んだ。

どれだけ静養すれば、抑鬱状態から脱せるのかはわからない。
仕事もいろいろあるし、10月は忙しい。

いろんなことを考えていたけど、
ふたりでいろんなことを楽しみたいと思って考えていたけど、
なかなか思うようにはいかないね。

一見元気に見えてもちょっとしたところを突かれると、
あっという間に崩れてしまう。
子供の頃からそれは変わってない。
とても脆い。
強いようでいて、脆いのだ。

彼は彼で苦しいのは判っていながら、
自分のことで精一杯なのと、
彼の思いが伝わってこない。
前みたいにダイレクトに伝わってこない。
何故だろうね。

少し眠くなってきた。そろそろ寝た方が良いね。

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【2007/09/28 01:26】 | 闘病関連 | トラックバック(0) | コメント(0)
やれるようになることの順番
朝起きて、髪を束ね、
部屋着に着替えて、洗濯機を回し、
ちょっと仕事をして、週末に来る友だちとの夕飯のことを考える。
相方が起きてきたから、抹茶カプチーノを淹れて、
自分もカプチーノ入れて飲んで。

あ、お皿買いに行こうと思っていたんだった。
今日出かけられるかなあ。ちょっと面倒くさい。
今日は運動がしたい。したいなあ。

で、宅配便で相方の田舎から新米が届く。

料理がしたいなあとふと思いながら、
あれ、とふと我に返って気がつく。

仕事は疲れていてもある程度できる。
よっぽど疲れていなければ。
ただ、ペースはかなりゆっくりだけど。

で、この間、できなくなる順番を書いたんだけど、
そのまんまの順番で、疲れが取れてくると、
ほぼできるようになるんだなと気がついた。

だって、料理はしたいけど部屋を片付けたくない。
掃除をしたくない。


昨日の夜、相方が、
「もう無理をするのはやめよう」
と言ってくれたのはありがたかった。
だけど正直、できない、と言うと、
彼が「俺がやるから良いよ」と言うわけだけど、
それが刺さるんだよね。痛い。
ものすごい自己嫌悪に陥るし、罪悪感に駆られる。

それでまた言えなくなると言うスパイラル。
どうにかならないもんかね。

バッチの先生に相談してみよう。

さあ、仕事の続きをするかなあ。
まだやりたいこともたくさんある。
だけど体が追いつかないっていうか、
心身ともについていかない感じ。

無理しても仕方ないんだけどねえ。

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【2007/09/27 13:24】 | 闘病関連 | トラックバック(0) | コメント(0)
彼のトラウマ、私の依存症。
昨日、退院後初カウンセリング。
やっぱり30分のセッションは短いなあと今回感じた。

新しい先生と今取り組んでいるのは、
PTSDに関してではなく、
家族関係と依存症についてなんだけれど、
私が、甘えるのが下手、ということについて、
この間書いた、できなくなる家事の順番が決まっている、
それはおそらく子供の頃の傷からではないだろうか、
と言う話をしたときに、
「うわー、それは切ないね。切ない。」
と言われたりした。

自分自身は何も感じなくても、
周りの人にはそう見えるんだなって思った。

依存症に関しては、
家計費を今月末からある程度渡されることになったことを、
今までの経緯から全て説明した。
「よく決心できましたね。どうして決心できたんだろう」
と訊かれたとき、
1度経験したとき、それが役に立ったと思ったから、
と説明して。
彼が決心したことについては触れず、
今のところ彼もカウンセリングを受けるようには言われていない。

ただ、今回もまた以前のように、
数ヶ月で終わってしまうかも知れない不安があると話すと、
「終わることを不安に思わなくて良いんです。
 依存症っていうのは、依存をしている期間と、
 そうでない期間が弛んでくることが大切だし、
 依存しないで済んでいる期間に、何をしているかが重要だから。
 何をしたから依存しないで済んだのかが大切なんです。」
って説明を受けた。なるほどなー。

でも依存症から脱出するのは、
ある意味では自分との闘いでもあるんだろうな。
私は今までの人生、たぶんいろんな物に依存しながら生きてきたと思う。
ある時はそれが恋愛だったり、
音楽活動だったり、
過食だったり、
仕事だったり、
買い物だったり。

それが単なる依存と捉えられるものなのか、
そうではなく、別の物であるのかは、ちょっと難しいけど、
これから自分を見つめ直して、
闘って行かなくちゃいけないんだなと思う。
子供の頃の傷が残していった置きみやげ、多すぎだよね。
それに親は責任なんて、感じてないだろうなあ。
親にとってはどうでもいいことだろうね。
自分の人生には関係のないことだもの。

宿題もしっかり出てる。
次のセッションまでに考えておかなくちゃ。

帰り際、次の予約をするときに、
テレビ出演の話をした。
「よくご決心されましたね。大事にしてくださいね。
 番組、私も見ますから。」
先生がメモしてたけど、
良く考えたらその日は収録日じゃん(笑)
次のときに伝えておかねば(笑)。

今日は結婚記念日。
本当は今日のために届くはずだった物が届かず、
未だに連絡がないのでちょっとイライラ。

それより部屋を掃除したり、
買い物をしたりしに行かなくちゃなあ。
今日は昨日できなかったお月見ディナーを、
ベランダでしようと思ってるから。

お月見と結婚記念日、いいかも。
月が満ちていくように、自分たちも満ちていくことができたらいいね。

やる気が出ないけど、がんばれるかなあ。

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【2007/09/26 14:15】 | カウンセリング | トラックバック(0) | コメント(0)
連休は嫌い
昨日、うっかり買い忘れていた物を買いに出かけた。
嫌だけど仕方なく吉祥寺へ。

連休の中日だから当然だけど、
小さな子供がわんさかいて、落ち着かない。

たった1時間ほど、ネクタイとポケットチーフ、
それからご祝儀袋と半襟を買うだけの買い物だったのに、
想像通り泣いている子供に街で出くわし、
酷いフラバを起こすほどじゃなかったけど、
ぜえぜえいいながらふらふらして帰る。

やっぱりやだわ。連休とか土日。
大概土日は子供が出てきそうなところには出て行かないようにしていて、
なるべく気をつけるようにしているんだけど、
それでもダメな物はダメなんだよね。

時々こういうことが続くとほんと山奥に引っ越したくなる。
でもそういうわけにも行かないのが辛いところ。

今日は結婚式なのでネイルサロンに行く。
トリガー発見前から通っているので、デパートの上なんだな、これが。
なので、時々我慢しながらの施術になってしまう。
お昼にかかったりすると最悪。
同じフロアに飲食店があるから。

ならば他のサロンを探せばと相方にも言われるんだけど、
相性の良いネイリストさんが見つかってしまうと動きにくい。
なので、仕事で手元の手入れが必要なときに、
日程を合わせて行くことの方が多い。
夕方にするとか、月曜の午前中にするとか。

今回予約が取れなくて他のネイリストさんにお願いするから、
次回の仕事の前の予約、入れてきちゃおう。

このトリガーが出てからいけないところがたくさんできた。
大好きなTDRも、遊園地も、水族館も、
子供が集まりそうなところはみんないけない。
おまけに映画館もいけない。
どんなシーンが出てくるか判らないから……。
大きなスクリーンで安心して映画が見たいなと思うけど、
不安感が伴うから足が運べない。

他にもトリガーはいくつかあるけど、
それはよほどの非常事態でない限り避けられる物なので、
それは何とかなるんだけど、
子供ばかりはどうにもならない。

結婚式の会場にも子供、いるだろうなあ。
式にipodつけたまま入るってどうなのよ。
あとはトイレに逃げ込むくらいしか方法もないなあ。
あとは薬を飲み過ぎないようにレスキューは必携で。

こんな心配もうしたくないけど、
こればかりは仕方がない。

しかし少しは涼しいとはいえ、袷の着物。
二次会の前に着替えられるかなあ。
せめて単衣に着替えたい。

さ、起きて着物、出しておこう。単衣の方を一応。
昨日の夜着た綿の物はしまっちゃって。

出かけたついでに明日のお月見のためのお花でも見てこよう。
何を作ろうかな。

ともかく前向きに。前向きに。

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【2007/09/24 07:45】 | 闘病関連 | トラックバック(0) | コメント(0)
今日から大忙し
今日からちょっと忙しい。
明日が友だちの結婚式だからその準備をしなくちゃいけないし、
(あ、ご祝儀袋買うの忘れてた_| ̄|○ )
明後日はカウンセリングでしょ、
翌日は結婚記念日でしょ、
その次の日は部屋の掃除をして、
29日には昼間にお仕事で知り合った方とランチして、
夜には友だちが泊まりに来るからその準備も。
今週いっぱい大忙し。

で、25日は中秋なんだよね。
月餅買いに行けるかな。中秋月餅。
いつも利用しているネットショップの食器屋さんで、
お月見の日に使おうと買った兎の柄のお皿と箸置きも届いて、
昨日相方とふたりで開けた。
今年は晴れるみたいだから、
ベランダにテーブルを出しても良いな。
でもここの角度から見えるんだろうか(笑)。
おうちでごはん作ろう。
で、美味しいものを食べよう。
献立を考えなくちゃ。

来月の私の誕生日を過ぎて、そのあとくらいまで予定がびっしり。
20日頃が原稿の締めきりで、
その前に某局のインタビュー(2日間にわたるもの)と、
テレビ収録が入る。
着る物ももう決めてある。
どうか今辛い思いをしている人たちに希望を与えられますように。

明日涼しいと良いなあ。
袷の着物なんて暑かったら着られないもんね。
単の着物ももうすぐ終わりだから、
着られるうちにどんどん着ちゃわなくちゃ。
結婚記念日にはちょっと遅いけど塩沢を着て、
お月見の夜には綿紬、
知人とランチの時にはサマーウール着て。
普段から着られるだけ着ちゃうぞー。

その合間に仕事も。
頑張らなくちゃね。今日は昨日できなかったことをやってしまおう。

上手く息を抜きながら頑張れますように。

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【2007/09/23 07:34】 | 日々のこと | トラックバック(0) | コメント(0)
なんとなく和解ムード&検診結果
昨日はひとりで琉球に行った。
一緒に行くかと相方に訊いたら、
1人で行って、帰ってきたと報告した方が良いというので、1人で。

久しぶりにママと会っていろいろと話をした。
入院中のこととか、いろいろ。

相方とのことも、もちろん訊かれた。
相変わらずイライラしていて怒鳴るし、
怒ってばかりいる、というと、
「寂しいからなのよ。それをぶつけているの。
 だからそういうときは抱きしめてやればいい。
 夫婦を長いことしているといろんなことがあるけど、
 最近そういう物なのかなって、孫がイライラして、
 母親にあたるのを見て始めて気がついた」
と。

寂しいのは、私だけじゃないってことなのかなあ。

昼間はマンモグラフィ検診だった。その話もした。
マンモグラフィ自体はやらなかったんだけれど、
超音波というか、エコーみたいな物で中を検査する感じ。
そのあと先生の触診があって。

2ヶ月前に感じた違和感は嘘じゃなかった。
でも、癌じゃなかった。
なんかね、右の胸に水がたまってるんだって。
胸の外側の辺り。
まだ12ミリくらいだから痛みは出ないと思うけれど、
痛くてどうしようもなくなったら、
エコー掛けながら針刺して水抜きましょうって。

うちはみんな癌をやっているので、
(しかも乳ガン)
友だちが保険の外交員の仕事をまた始めたから、
入院保険と癌保険、入っておこうっと(笑)。

印象的だったのは、診察室の前に神妙な面持ちで並ぶ女性たち。
ほっとした顔で診察室からあっという間に出てくる人もいれば、
長時間出てこない人もいて、
明るい顔で出てきても、涙をぬぐったりしている人もいる。
女性にとって、乳ガンって大きな出来事なんだなっていうのが分かる。
いわば象徴であるものを、残せるかどうかという問題でもあるし。

うちの伯母は私と同じくらいの年齢の時に乳ガンを患い、
未だに月に1度、検診に通っている。
今みたいに癌に関する医療が進んでいなくて、
伯母は確か左の乳房を全摘した。
本人は何も言わなかったけれど、
乳房を若くして片方失うというのは辛かったと思う。

数年前、母の日だったか、そのくらいに、
伯母に旅行をプレゼントした。
露天風呂付きの部屋のある温泉旅館への旅行。

帰ってきてから電話がすぐかかってきて、
伯母はすごく喜んでいた。
乳房を失ってから、人の目が気になって、
思う存分温泉を楽しむことができなくなっていたからだ。
1日中、好きなだけ温泉に浸かって景色を眺め、
のんびりできたし、食事も美味しくて本当に幸せだったと、
私に言ってくれた。嬉しかった。

伯母には本当に感謝しているのだ。
いろんなこともあったけれど、
家族だけでいろんな所に連れて行ってもらえなかった分、
(親戚大勢とか親の友だち家族と一緒とかはあったけど)
小さな頃の私と弟をいろんな所に連れて行ってくれた。
だから、小さな頃の写真は、伯母と弟と一緒に写っている物が多い。
こっそり海に連れて行ってくれたり、
プールに連れて行ってくれたり、
遊びに来るとお小遣いをくれて。

そう、とあるお仕事で、小さい頃の写真はないかと連絡があった。
私全然持っていないんだよね。
二番目の父と別居するとき、
必要最低限の物だけを持たされて祖母の家に戻ったので、
(父が事業に失敗して借金取りに追われていたから)
アルバム自体が残っていないし、
それ以降に撮った写真も、
何度か繰り返した引っ越しの間に処分してしまったらしい。
残っているのはほんの数枚の写真だけ。
あとは卒業アルバムくらいな感じだろうか。
家族で写っている写真は、前の結婚の時の写真くらいしかない。

普通の家族は、家族みんなで旅行に行って、
みんなで写真を撮ったりするのかな。

そんなのした記憶がないなあ。
子供という存在が、煩わしかったんだろうな、きっと。


それはさておき、相方との関係その後。

今月末からまた、家計費を渡されることになりました。
前のようにレシートを貼って、簡単な家計簿をつける予定です。
これをすると、何が無駄なのかがはっきりするし、
自分がどういうお金の使い方をしているかが分かるから、
買い物依存が抑えられるんだよね。

どれだけ必要なのか、と問われて、
私が通っているカウンセリングやら病院代やら、
鍼、リフレクソロジー、バッチフラワーなどなど、
色々計算したら10万円くらいかかっていることが分かった。
元気に働くための自分の心身の維持費、ずいぶんかかってるなと思った。
でもこれだけ掛けられる私は、恵まれているんだと思う。
取り入れられることはなんでも取り入れようと思っているから、
こういうことになっているのかも知れないけれどね。

相方は、このところ、ぽろぽろと小さな仕事が、
もともとしていた仕事で入ってくるようになって、
仕事をするリズムを取り戻したらしいのと、
1人でお酒を飲んで息抜きをしに行くというのが許されるのだと気づき、
(前から行ってきて良いって言ってるのに)
それができるようになったことで、少し解放されたらしい。
これからのことは分からないけれど、
このまま上手く、お互いの関係が修復できたらなと思う。
また、お互いの仕事も。
私は無理がない範囲で。
彼は好きなだけ。できる範囲で。

もうすぐ結婚記念日。
10年目なのに、ディナーの予約しかしていなかった。

どうしようかな。何を用意しよう。

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【2007/09/22 14:18】 | 闘病関連 | トラックバック(0) | コメント(0)
買い物依存とその原因
今朝、友人の結婚式に使う小物とか、
普段使ってるサプリメントとか、
着払いの荷物が届いた。

相方は出かける前で忙しく、
私はまだ朝の準備などをしていた。

ベッドの上にいくつも乗せられる荷物。
でもその全てが報告済みのもの。

なのに言われました。出かけ間際に吐き捨てるように。

「お前が買う物のために俺は仕事をしなくちゃならないんだよ」

買いもの依存の原因や、その対処方法は私は大体掴めています。
それは一度家庭内の約束事を決めたのに守れていないこともあります。

彼が今はあまりしていない仕事で忙しく追われ始めた頃、
「これから忙しくなるし、派遣でフルタイムは無理そうだから、
 これからはフリーで受ける仕事以外は仕事は辞めて、
 家事とか、自分のサポートをして欲しい。
 ついては、家計費としてまとまった額を渡すから、
 それでやりくりして、足りなかったら言って」
と言われました。

家計を預けられるというのは、依存症の自分にとっては大切で、
その間は本当に無駄遣いがなかったし、
家で食事もちゃんと作れてました。
その中でやりくりするのはゲームみたいなもので、
いつがこの食材の安い日、とかチェックしたりして、
極力節約しながら使っていくから、
自分のものを買うことがなかった。
言ってみれば、スーパーでの買い物が毎日あることで、
他の買いものをせずに済んでいる状況にもなってる。
そこで楽しんで発散しているんだよね。

でもそれが続いたのは2ヶ月くらい。
その後かかわっていた雑誌が休刊になって収入が減ったので、
申し訳ないけど渡せないといわれ、それきりです。

だけど引っ越しをするだけの費用もあったし、
ながーいレシートをIKEAでもらうだけの買いものもできた。

それでも家計費をくれることはなかった。
その都度、当面これくらいで良いかと数万円渡される。
それで病院代やその他のものにそれを当てていき、
足りなくなったらお金がない、と言ってお金をもらうわけ。

言ってみれば、彼が「現金自動預け払い機」状態な訳。
いくら使っているのか、把握もできなくなってくる。

そこに重なるように相方の病状が悪化し、
怒鳴られたりすることが増えたことで精神的に疲れ、
家事ができなくなり、もらったお金は他のものにつぎ込まれる。
着物や食器、小物なんかに。
その、疲れや寂しさを埋めるために何かを買う。
料理ができる状況じゃないから食材は買わない。
だから他のものに目が向くのね。

私は、彼の年収や月収がどれだけあるのか、
殆ど訊いたことがありません。
訊いたことがあるのは、本当にお金に困ったときだけ。
自分が働いてなんとか家計を支えなければ、となったときだけ。
同じように、彼に借金があるのかどうかとか、
どうしてこんなに急に、引っ越し費用が出るほどのお金が、
どこから入ってきたのかも、全く分かりません。

それであの捨て台詞。

正直、絶望的な気分になりました。
私だって多少はお小遣い程度に稼いでいるし、
(原稿料はまだ入らないけど)
いろいろがんばろうと動いているにもかかわらず。

買い物依存の原因は、
私の中にだけある訳じゃないことを分かっていない。
あの2ヶ月、上手く行っていたことを彼は忙しくて忘れてるんだろうね。

私に文句を言う前に、
自分も「収入は言いたくない。トラウマがあるから」
というのなら、カウンセリングを受ければいい。
私がそうして努力しているように。
急激に悪化したのはこのところのストレスに他ならないけれど、
どうしてそういうことが起きているのか、
いろんなことを見渡してみれば分かることだ。

仕事に忙しくするのは良いけれど、
そうして私に隠し事をしなければいけない状況にあることや、
ほんの少しのところでかみ合わないことがずっと続いてしまうことで、
あなたは大切な物を失うかも知れないというのに、
それに気がついていないみたい。


もう何もかも投げ捨ててどこかへ行ってしまいたい。
新しいところで生まれ変わって生活したい。
そんな風にすら思えるよ。
怒鳴られ、卑下されるばかりの生活をしていたら。
それは私だけのせいではないのに。


あなたが言うように大事だと思うのなら、
もう少し考えないと取り返しの付かないことになるよ。

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【2007/09/20 10:48】 | 買い物依存症 | トラックバック(0) | コメント(0)
入院疲れ
退院してきたけれど、意外に疲れています。
何でかなあと思ったんだけど、
1日中看護士さんに監視されているからだね。
内科の病棟とかと違って、30分おきに見回りも来るから、
なんだか落ち着かなかったんだね、きっと。
帰ってきてから即爆睡したあとで、
たまたま昨日相方がよく行く飲み屋で知り合った韓国人に、
馴染みのイタリアンを紹介して、予約をしてあげたんだけど、
お昼ごはんを食べ過ぎたりしたせいもあって、
お連れさんが「和食を食べたい」と言いだしたらしいのでキャンセル。
ちょうど2席空いたから、と、私たちが行くことに。
まあ、退院祝いってことで。

美味しいごはんも食べて、楽しい時間を過ごしたんですがね。

今日は朝から打合せが入っていて、
出かける支度をぱぱっとして、
電車に乗ろうとしたら大泣きしている子供に出くわしフラバ。
動悸と息切れ、めまいに体の痛み、
ひさびさに手の血管が浮き出ちゃうような身体症状が出つつも、
編集長との最初の打合せなので、がんばっていかなくちゃと、
なんとか電車に乗り込む。
それまでイライラしていた相方も、今度はおろおろするくらい。

打合せには間に合ったし、話しも良い感じに進められそうなので、
良い記事になると良いなと思いつつ。
ページ数は減っちゃったけどね。

でも今日は、本気で山奥に住みたいと思ってしまった。
子供のいない山奥の家に。
だけどそういうところに済んだら今度、
病院とかカウンセリングとかリフレクソロジーとか困るよなあ。
どうした紋かなあと思ってしまう。

1人でよれよれしつつ最寄り駅まで帰ってきて、
久しぶりにジムに行って、
サーキット2周+プチバレエ+サーキット2周という感じで。

そのあとちょっと確認したいことがあって、
相方の携帯にメイルしたら喧嘩に。
大事な打合せ中なら携帯の電源は切っておけっていうの。
それで怒られてもねえ。
電源切らないと打合せにならない職場を、
私は観てきているので良くその辺は分かるわけで。

すっごく腹が立ったので、リフレクソロジーに行く前に、
エスニック雑貨屋さんによる。
それでも目に付くのは、彼のラッキーアイテムでもある猿の小物。
いくつか買ったついでに、
ラブラドライトのリングを買った。かっちまえーって感じで。
2900円だもんかわいいもんでしょ。
でもすっごくシラーがきれいに出る石がはまっててうっとり。

その後リフレクソロジーに。
先生と最近どうですか的な話や雑談のあと、
足を揉んでもらう。
今回は入院で疲れていること、今日も喧嘩していること、
問題のPMSについて、バッチの好転反応とか、いろいろ。

フットバスのあと、ベッドに寝て、
ああ、いつもと揉み方が違うなと思っているうちに、
気づいたら寝ていたみたいで、
はっと目が覚めたら
「あとは足のストレッチをしますねー」
って言われて。あっという間。

今回は頭を使ったりするので、脳に働きかける部分と、
子宮や卵巣を少し弛めるみたいなことをしたらしい。

30分くらいして、どっと疲れが今日は出てきた。
先生にも「あまり無理しないでくださいね」と言われる。
かなり疲れている模様です。

その後吉祥寺に入ったものの、目当ての店は何故かしまってて、
とりあえずロフトに行ってチェリープラムを買い、
テキトーにごはんを食べて家に戻ってくる。

相方とは、ごめんなさいこそないものの、
何となく仲直り。


でも仕事の打合せも入ってきていて、
また、2日間のロケの話とかもあったりで、
日程の調整が結構難しい。
疲れが出ない日程でどうやりくりするかが問題かもなあ。

今日はもう寝よう。
相方も飲みに行って帰ってきたら速効寝ちゃったし。ちっ。

さ、明日はまた仕事。
それと、病院に忘れ物をしていたらしいので、
それを取りに行かなくちゃいけない_| ̄|○
細々と忙しいのです。
なかなか家事までたどり着けませんが、頑張らねばね。

無理しない程度にね。

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【2007/09/20 00:47】 | 闘病関連 | トラックバック(1) | コメント(0)
退院前夜
明日の朝退院です。
朝10時には、ベッドを開けることになります。

うちの相方は、2泊するかと思いきや、
明日の朝が早いので、1泊で帰って来ちゃうことに。
あんまり遊べてないなあと本人が言っていたから、
未消化分は、仕切り直しかな。

以前鋭いところを突いてきた看護士さんから、
退院して、大丈夫ですかと訊かれ、
大丈夫ですと笑顔で答えたけど、
正直、帰ってみないと判らないし自信もない、と言うのが本音。

でもいつまでも病院にいるわけに行かないもんね。
具合悪くて措置入院とかそういうのと違うんだし。

夕食を食べて、薬を飲んで、
さっさと荷造りをする。
必要最低限のものを残して、全部残りはピギーとトートに。
トートの中身は、ビリーのDVDとか、およそ病人らしくない中身(笑)。
でもおかげで、体が引き締まった感じ。
退院しても頑張って続けよう。
食生活とか、アルコール摂取も、
少し見直して行かなくちゃ。
やっぱりその辺のカロリーは大きいよなあ。

ちょっとバタバタしていたら、留守電が携帯に残っていた。
ものすごく久しぶりにかかってきた友だちからだった。
なんだろうと思って電話してみたら、
「今西荻で飲んでるんだけど一緒にどうかなと思って」
といつもの明るい声が聞こえた。
「ごめん、入院してて、明日退院なんだ」
って言ったら、
「じゃあ、明日からは大丈夫だね。また電話するね。」
そういって電話は切れた。

そういえば昨日も9時くらいに電話があったっけ。
前の職場の違う部署の友だちから。
また新宿辺りで踊っているのかなと思って電話してみる。
今日は出なかったから、留守電だけ残す。

なんだ、こうして遊んでくれる友だちだっているじゃん。
昨日だって友だちと、すんごいたくさん蚊に刺されながら、
中庭で長電話して、診療科の先生にあきれられた(笑)。
今日だって、友だちにいつ遊びに来るか連絡したら、
すごく喜んで遊びに来るのを楽しみにしてるって言ってもらえた。

みんな信じられないなんて言ってごめんね。


そういえばね、思い出したの。
前の旦那と結婚していた頃、
今は遠く千葉の奥の方に引っ越してしまった友だちと、
年がら年中、ワイン会やらなにやらで飲んで歩いてた。
それでその子がうちに泊まっていくんだけど、
離婚してしばらくして会ったときに、こんなこと言ってた。
「朝起きるとさ、ごはん作ってくれて、
 それでさ、旦那さんの愚痴を言うの。いっつも。」
って。

朝から聞かされてる方はたまんないだろうなと思いつつ、
私はそうしてこぼすことも、今までしてなかったんだね、きっと。

今度からは、困ったらみんなに相談する。
友だちに、相談する。

自分自身の抱えている問題は、
カウンセラーさんに相談するし、
セラピストさんにも相談する。
鍼の先生にも相談する。
あと、主治医の先生にも。

主治医の先生、PTSDの患者はもてあましてしまうだろうからと、
友だちが上京するとき、他の病院へ転院するよう勧めてくれた。
本当なら、私も転院した方が良いのかも知れないけれど、
今回のことで、長年診てくれていて、
全部判ってくれている先生だから、
やっぱり転院はしないって決めた。
専門医じゃなくてもいい。
私にはたくさん、強い味方が付いていてくれるもの。
今のところは、薬少なくてもやっていけるし、
トリガーさえ避けてればなんとかなるんだから、
上手く付きあっていくしかないと思ってる。

仕事も自分のペースで。
昔みたいに超マルチタスクなできる人間じゃないかもしれないけど、
ひとつひとつ、手を抜かずにきちんと仕事をしていけるように。
私なりのスピードを、掴めるように。
どうしても無理をしてしまうのを、なんとか止められるように。


過去は消えなくても、未来は続いている。
私が生きている限り。

そのために。

私が持っている力を、しっかりと出せるように。
形に残せるように。

これからは、無理しないで、やっていけたらなって思う。

心配掛けてごめんね。
みんな、本当にありがとう。

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【2007/09/17 19:25】 | 闘病関連 | トラックバック(0) | コメント(0)
今度はどこへいこう
今朝のブログを書いた後、
いてもたってもいられなくなって、
電話を掛けました。
旅行に行って欲しい、と。

そうしたら、思いの外、明るい声で、
「うん、これから行くよ。今支度してたんだ。
 どこに行くか判らないけど、
 どっか行ってくる。
 できれば2泊して、ちょっとゆっくりしてから、
 退院の時間に合わせて帰ってくるよ。」

なんか安心した。
みんなが背中を押してくれたから。
私1人じゃ、できなかった。

今、どこで何をしているだろうなあ。
また、どこかの街をフラフラと、酒と肴を求めて歩いてるんだろうなあ。


退院したら、すぐ仕事もあるし、
2日おきくらいのペースで私は通院とか、
カウンセリングとか、
友だちの結婚式とか色々あるけど、
楽しく毎日、過ごせたらいいね。

今度はふたりでどこかへ行きたいね。
ただ、食事に行ったりするだけじゃなくて、
また、どこかの海に、ビーチグラスを拾いに行ったり、
温泉に浸かったり、
知らない町に行って、あちこち寄ってみたり。

想い出の店や、
ふたりが大好きな宿。
いけるかな。

いけるといいね。いつかふたりで。

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【2007/09/16 19:58】 | 闘病関連 | トラックバック(0) | コメント(0)
心配なこと
昨日の午後、仕事相手と携帯で電話をしてた。
院内で、電話をできるスペースは限られていて、
小さく仕切られた部屋がひとつあり、
そこで電話をすることになっている。

そこで電話をしている最中に、
隣接したホールでOTが始まる。
DVD鑑賞の日だったらしく、映画が流れている。

電話の最中に、赤ちゃんの泣き声。
長いものではなかったけれど、電話をしながら耳をふさいだ。
電話を早めに切ってナースステーションに駆け込み、
事情を話して頓服の安定剤をもらう。
部屋で呻りながら、ひとしきり泣いて、
疲れてしまってそのまま眠ってしまった。

1時間くらいして目が覚めて、
いつも通り運動して、
入浴日じゃないから体を拭いたりして、
しばらくしてから夕食を食べる。
動けるけど、気分はずーんと重い。

眠気が来るのも早くて、早めに寝る。
それで、おきまりのように悪夢を見る。

たぶん退院まで、続くんだろうなあ、これ。
毎朝頓服もらいに行かないとならないなあ。
正直しんどい。

今回抑鬱くらいですんで、休んだからだいぶ気持ちも楽になって、
無事退院できると思っていたけど、
こんな落とし穴があったとは(笑)。
だから映画館に行けないんだよな。恐くて。
もう発症してから映画館に行っていない。
トリガーは避けなければならないのが自分の病気だから。


朝mixiを開いたら、
相方がしきりに寂しいと日記に書いていた。
メイルも来ていた。
寂しくて、泣いたんだって。
そんな風に泣くこと、ないのに。

でも約束していた旅行には行ってくれなかった。
お互いにリフレッシュして、それでまた退院してから会おうねって、
入院前に約束したのに……

何故旅行に行かなければいけないのか、
たぶん彼は判っていないのかも知れない。
私が鬱になったときはもう手遅れで、
2週間の休暇を1人でのんびり過ごしたところで、
状況が変わることもなかったけれど、
彼が2〜3日でも旅行に行って、
何も考えず、いろんなことを忘れて、ぼんやりと、
好きなことをして過ごせば、
状況が少し良くなるから、ということなのに。

まだ間に合うから、主治医の先生や、
鍼の先生もみんな、
旅行に行きなさい、って言ったのに……。

これ以上彼の精神状態が悪くならないように。
これ以上病気が進行しないように。
周りの先生たちや、私が思っていることは、
ただそれだけのことだ。

家にいても旅行に行くのも変わらないと彼は言うけど、
日常から離れることの大切さを、
彼はよく知っているはずなのに。

退院すれば、また忙しい日が続く。
だから入院中に行って欲しかった。
それでまたぶつかって、同じことを繰り返さないように。

解ってもらえないんだろうか。

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【2007/09/16 11:35】 | 闘病関連 | トラックバック(0) | コメント(0)
退院が決まって
何を話し合うということはなく、
これからはカウンセリングとかで対処していくという方向で、
もう退院しちゃえ、ということになった。
連休明けには退院になる。

気がついたらスケジュール帳に予定がぎっしり。
翌日から仕事の打合せがあり、
友だちの結婚式や病院の定期的な通院、
自分のメンタルな部分のケアに関する予定と、
他にもまだ決まっていない予定が。
病院の中から、仕事相手に電話を掛けて連絡を取っている状態。

正直なところ、不安じゃないと言えば嘘になる。

この間の外泊の時も、
急に人混みに出てしまったことで不安感があったり、
相変わらず、相方に「怒ってる?」と確認ばかりしてる。
これじゃあ向こうもストレスがたまるよね。

今日、古くからの友だちの所に、
約束していたチケットが届いたと連絡があって、
昔から私のことをよく知っている彼女も、
「これからだよなあ、大変なのは」と言っていたけれど、
その彼女が知るように、
もともと小出しにできない上に右から左にできない性格なので、
全部自分でため込んでしまってそれに気づかないので、
またパンと破裂して入院、なんてこともありうると思う。
それがいつになるかは別の話としても、
今後それをどういう形で「予防」していくか、
というのはすごく大事な問題になってくるような気がする。

それはカウンセリングやリフレクソロジーに通うことだったり、
こまめに好きな旅行に出かけることだったり、
友だちと遊ぶことだったり、色々だと思う。
けれども、今の友だちと呼べる人たちから、
好かれている自信が全くなく、
イメージの湧かない自分にとっては、
なんとなく友だちに会うことが恐かったり。
(前出の古くからの友だちは別なんだけど)

まるで、お母さんに、
「私のこと好き?」って訊く子供みたいに、
周りの人の愛情を、疑ってかかっているような自分がいて、
外に出るのがすごく不安な部分もあるのだ。

ある意味考えすぎと言えばそれまでだけど、
そんな風に笑い飛ばせるほど、楽天的でもない。

それでもいろんな人が心配してくれて、
電話をくれたりする人もいて、
本当にありがたいと思ってる。
私なんかのためにって。

電話を掛けてきた琉球のママは言った。
「ママとお父さんは、れいちゃんのことを尊敬してるんだから、
 余計なこと考えないで良いの。
 もっと自信を持って、大きく構えていなさい」

どうしたらそうできるんだろう。
自分が嫌いとか、そういう訳じゃないけど、
常に人の目を気にして、明るく振る舞って、
気を遣って、みんなに好かれたいと思ってる自分がいる。
みんなに好かれるなんて所詮無理な話なのに。
私のことを嫌いな人がいたって良いじゃない、と言う風に、
今は思えない自分がいる。

あと1週間くらい経ったら落ち着くかな。
バッチの好転反応かも知れないしね……。

相方は今日から旅に出たようです。
退院してからが、私たち二人としての人生も、
ある意味ではやり直し。

幸せになれますようにと、
ロッカーのフックにかかったもだまのペンダントに、
願いを掛けて。

これからは自分との闘い。
どこまで自分を掘り下げられるのか。
依存症についても、話をしなくては。

そういう治療をできる環境を与えてくれて、
見守ってくれる相方に感謝しながら。

ちょうど暮らし始めて10年。

再スタートは、区切りの年になったね。

何もないところから、また始めよう。
また。

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【2007/09/15 14:30】 | 闘病関連 | トラックバック(0) | コメント(0)
甘え方の根元
今日、もう退院日も自分の中では決まっちゃってるし、と思い、
中断していたオークションの出品作業を延々としていた。

その時にふと気がついたこと。

私は甘えるのが下手なんですね。
甘えさせてもらえる環境になかったから。
ある程度大きくなって、恋をして、
その相手に何かをねだったり、甘えたりすることができなかった。
何かをねだるなんてもってのほかで、
もうそれはそれは、心臓が飛び出そうなくらいドキドキしながら、
あのさあ、とねだるのは決して高価ではなく手ごろなもの。

今は多少できるようになったけれど、
(というか依存症なので断りもなく買ってしまう)
それでも、人に甘えると言うことがとても苦手。
甘えるってなんだろう、とか、今ちょっと思っていたり。

例えば相方にねだるようにじゃれることもほとんど無い。
お願い、とかいいながら何かをねだることもない。
(私の場合はやっちゃってから「申し訳ない」だな)

それで、ふと思ったのが、家事のこと。

精神的に疲れてくると、まず食事が作れなくなり、
掃除ができなくなり、
洗濯物がたためなくなり、
洗濯ができなくなる。

ああ、書いていて少しフラバ気味なのかな、
手の甲が痛い。

これ、自分なりの甘え方なんだなあと初めて気がついた。

私が父方の実家にいた2年ほどの間、
祖母は私に、自分の下着や靴下を手で洗わせていたらしい。
その他のことはよく知らないけれど、
かなりいろいろな家事をやらされていたことを、
うちの母方の祖母が、
帰ってきたときに私から聞かされたと言っていた。

3歳の子供に、任せられないこと。
それが料理だよね。
怪我や火傷でもしようものなら大変だからと、
私の子供の頃は料理なんてまずさせなかったと思う。
というか、3歳くらいだとまだおままごとだろうな。

つまり、自分がやらずに、人がしてくれていたことから、
できなくなっていくわけで。
特に、相方が家にいるときはそれが如実に出てしまう。
彼ができるから、と言うのもひとつあるだろうね。
ひとりだと、疲れていなければ意外とすんなりできてしまう。
ものすごくある意味規則正しい生活を送れるというか(笑)。

料理を作って欲しいとは言わないし、
洗濯をして欲しいとか掃除をして欲しいとかも言わない。
だけれど、自分でできないんだよね。
できる人がいるから甘えてしまう。

というか、そういう甘え方しか覚えることのできなかった、
自分がいるんだなあと気がついたりした。

単純に甘えられないとか甘えるのが恐いのではなく、
根っこにもっと根深い問題があるんだなと言うことが判る。

すべては記憶のない2年間の中に。

どうしたら上手く甘えられるようになるんだろうね。
その方法が判らない。
最初の頃受けたカウンセリングの先生が、
「最終的には旦那さんにダイヤの指輪をねだれるくらいになりたいね」
といったけど、
指輪をねだることより、
子供が「だっこして」と言うような、
シンプルな甘え方を覚えていないので、
そっちが先のような気がしてきてしまった。
だっこされた記憶、ないもんなあ。
手をつないだ記憶はあっても。

こんなゆがんだ甘え方じゃなくて、
もっとシンプルでストレートな甘え方ができるようになるんだろうか。

とりあえず次回のカウンセリングは25日。
さっき予約を入れてきた。

こんなに問題山積みの人を、先生はどう料理してくれるだろうか。

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【2007/09/12 18:50】 | 闘病関連 | トラックバック(0) | コメント(2)
寂しい気持ちの根元
今朝妙な夢を見た。
クリスマスの帰りに、満員電車に乗る。
バッグには、箱に入れられていないショートケーキがふたつ。
潰れないようにしながら電車に揺られ、
駅について流されるようにおりると、
隣にいた高校生の男の子が、
「去年ホールじゃないクリスマスケーキを買っていって、
 ホールじゃないなんてって大不評だったよ」
何でクリスマスケーキはホールなんだろう。
バースデイケーキも。
うちも旦那が糖尿なのにケーキはホールだ(笑)。

それはさておき、昨日の深夜に書いた日記の、
寂しさについて。

旦那さんへのことだけじゃないんだなと今朝、
顔を洗っていて気がついた。


何度か書いていると思うけれど、
私は3歳くらいの時に父方の実家に離婚をしたくない父が連れ去り、
2年間くらいの間、祖母から虐待を受けていたらしい。
もらい湯をしないとお風呂も入れないほど貧乏な家だったらしく、
いつも汚い格好をしていたからなのか、
友だちは居ないと言っても過言ではなかったらしい。
母方の実家に戻ってきたとき、
私の髪の毛はカチカチにかたまり、
パンツが見えているつんつるてんのスカートと、
真っ黒な体で帰ってきたそうだ。

そんな不潔な子供とは、
普通の子供は付きあいたくないわな(笑)

でもそのせいか、自分から友だちを作る術を忘れてしまった。
いつも1人で遊んでいたから、
時々幼稚園の先生に「お友達と遊ばないの?」と言われた。
年長の最後の時にひとり、お友達ができた。
用品店を営むお店の娘さんで、優しい子だった。
プレゼントと言ってハンカチをもらったのを覚えている。
でもね、嬉しいと言うより、不思議な気持ちだった。
私がこれをもらって良いの、というような。

今の私は、それと同じことをしているんだなあって思った。
そりゃ友だちはいる。数だけは多い。
ネットで知り合った友だちとか、
いろんな友だちがいる。
みんな優しいし私を心配してくれる。

だけれど、実際に遊びに行ったり、
楽しくお茶を飲んだり、おしゃべりのできる友だちがいない。
この年齢になると、結婚をして子供がいたり、
結婚していなくても彼と一緒に暮らしていたり、
前は近所に住んでいた友だちも引っ越してしまったし、
気軽に「ねえ、ちょっとごはんでも」とか、
「暇?お茶でもどう?」って感じで誘える友だちが今いない。
10年前ならいたかもしれないけど、
今は事情が違う。
正直、いろんな人を誘うのに、腰が引けている。
うちに遊びにおいでよとは言うけど、
実際に約束をするに到らない。
約束をして遊びに行くことが本当に少なくなった。

友だちにしか話せないこともたくさんある。
それができていないんだなあって初めて気づいた。

でも、私は贅沢もので、
ネガティブな人といると精神的に参ってしまうので、
そういう人とは続かないのです。
明るく楽しく、一緒の時間を過ごそうよって思うんだよね。
時には愚痴を言いあったりするのも必要だけど、
そればかりだと疲れちゃうから。

だけど、そういう友だちすら、いないんだなあ。
きっと周りは「私がいるじゃん」って思ってくれてると思う。
だけど、前にも書いたように、
私は人を信じられないところがあって、
友だちだと思っていても、それが表面だけの人もいるだろうし、
本当に友達だと思ってくれているかどうか、
それが判らないんだろうなと思う。
本当のことをちゃんと話し合える友だち。
今は側にはいないんだよね……。
いろんなことをはき出せる相手がいない。
はき出すのは、カウンセリングとセラピストさんにあったときだけ。
あとは相方だけなんだなあって気づいて。

寂しさが自分の気持ちを悪い方向へ持って行くのなら、
そうならないようにすればいい。
でも、小さな頃の自分と同じように、
そこに手が伸ばせない自分がいて、
遊ぼうよ、って言われても、
「え、いいの?」って疑いながら手を伸ばす。
それくらい自信がなくて、だけど明るく振る舞うことで誤魔化してしまう。

それを解消していくのはこれからの問題だろうな。
カウンセリングとかでじっくり話して、
自分を見つけていくしかないんだと思う。

そう、もう何日も前からカラオケに行きたくて仕方がない(笑)。
誰か退院祝いにカラオケ、付きあってください(笑)。

本当の友達を。
気軽に誘える本当の友達を。
そんな関係が楽々と築けるようになったらいいなと、
今強く思ったりしています。

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【2007/09/12 06:47】 | 闘病関連 | トラックバック(0) | コメント(0)
寂しさと依存
入院して今日で1週間。
疲れも取れてきた感じだし、薬も完全自己管理になったりしたので、
今日、主治医の先生に面談を申し込んで、
退院について相談をした。

「まあね、休養入院なので、自己判断と言うことになるんだけど、
 退院したいときにしてもらうって感じで。」

そんなに簡単で良いんだ、休養入院って。

でもひとつ気がかりなことが。

退院時にPMSに当たってしまうことだ。

前回、乖離して首をつったときもPMSの最中。
どうも3日前くらいからものすごく希死念慮が強くなってしまうのだ。
それは毎月のことで、実際行動に移さないにしても、
ともかくひたすら1日中、死にたくて死にたくて、
その気持ちで動けなってしまうほど酷いのだ。

今回入院した病院には、
私が今回乖離して、と言う話はしていない。
あくまで休養だと話してある。
だから、希死念慮の話もできない。
それで「精神的にものすごく不安定になってしまう」とだけ、
先生に伝えると、
「生理終わるまで入院していても良いし」
と言う話になるものの、その翌日とかが友だちの結婚式になる。
それはなるべく避けたいなあと。

ちょうど木曜日から1泊、外泊届けを出している。
仕事がらみのセミナー+コンサート。
できればついでに丸ビルだったかの中に来ている、
本物のモアイ像なんかも見てみたい。

その時によく話し合って、それから退院を決めましょう、
ということになった。
相方は昨日友人と飲んで、愚痴の言い合いをしたりもしたらしく、
それでだいぶすっきりしたみたいで、
週末旅行に出かけるらしいし、いいリフレッシュになるだろうから、
退院する頃には少し気が晴れているかも知れない。

心配だったので、バッチのセラピストさんにメイルをする。
「PMSの時に希死念慮が強くなるので、
 チェリープラムを頓服的に使うのは有効ですか?」と。

今回のボトルにも入っているけどね。
でも、新しく買って持っていて、損はないと思うし。

先生も心配してくれているのか、すぐに連絡があった。
「それも良いと思いますよ。
 でも、PMSの時だけリフレをするのも良いと思います」
との返事。

そっか、リフレクソロジーって手があった。

すぐに先生のページの空き状況を確認して、
退院予定(もう自分の中では固まってる)の翌日に、
予約を入れてもらった。
少しでもこれで楽になれれば、迷惑を掛けずに済むから。

主治医の先生からも、そういうことで対応をしていって、
不安定さを抑えながらなんとかキープして乗りきりましょうという、
そんなような結論になった。
いずれにしても、外泊の結果次第。


バッチのセラピストさんに、
「寂しさが出てきている頃じゃないですか?」と訊かれて、
「寂しさは通り越したけれど、人と話がしたくて仕方ないです」
と返事をしたら、
「人と話がしたいというのも、寂しさの表れなんですよ」
と言われる。

寂しいんだなあ、私。

この間の日記にも書いたけれど、
私たち夫婦には、あまり今スキンシップがない。
入院する前だったかちょっと言ったら、
気を遣って、行ってきますのキスをしたりしてくれるけど、
私が求めているのはそういうことじゃないんだよね。

もっと男と女としてのスキンシップが欲しいんだと思う。
でも、相方は、私が嫌がっていると思っていたみたい。
それは、冗談めかしたことしかしないからで。

そういうのは欲しくない。

もっと真面目に向き合って欲しいと思うのだ。
状況がどうであれ、私を「愛して」欲しいのだ。

彼には退屈なことかも知れないけれど。
退屈だと思うのなら、弄んでくれたっていい。
それで彼が楽しいと思うのなら。

ずっとそんなことを抱えて、
その寂しさを抱えて、
今まで来てしまったから、今すごく寂しくなってるんだと思う。

それで、依存症が悪化してしまった。

まだ、着るものを買ってそれを隠してしまって着ない、とか、
そういうことはない分、進歩していると、
カウンセラーの先生には言われたし、
依存の対象が運動に移りつつあるので、
その点では「迷惑のかからない依存」ということで、
改善が見られるのだけれど、
入院してからそれが吹き出てきたみたいに酷くなった。

ひとつには、今まで連載を持つなんて思っていなかった、
趣味として着ていた着物雑誌の連載が来年から始まることや、
新しく届く着物のこととか、色々考えていると、
どんどんイメージというか、
自分の「着物生活」のイメージが膨らんでしまって、
足りないなと思うものをやたら買ってしまう。

それでもオークションで買っている程度だからかわいいものだと思うけど、
(これが誂えとかだと大変なことになる)
それでも遣う額が多すぎる。
運動もしているけどそれでも収まらない。

ひとつには友だちが急に自殺したショックとか、
いろんなことも影響しているのかも知れないけれど、
寂しさを埋めるためにともかく消費してしまうのだ。

バッチでもこの手の話はずいぶんしてきて、
症状が軽くなったけれど、
一枚一枚、皮がむけていく毎に、
また同じ事柄が出てくる。
なんか、同じことが何層にもなって重なっているみたいに。

カウンセラーさんとももっと色々話そう。
何で私はこんなに寂しいのか。
寂しさの原因は分かっている。
それを他のもので埋めようとしたって絶対無理なんだ。
そんなこと分かり切っているのにそれが止められない。

こういうことがあると自己嫌悪に陥ったりするけど、
ちゃんと着てあげればいいこと。
食器や小物なら使ってあげればいいだけのことだ。

今回の入院で、いろんな人に心配を掛けてしまった。
もちろん、知らせなかった人もたくさんいるけれど、
本当に申し訳ないなあと、今度ばかりは思った。

相方も難儀だよね。
こんなのが一緒なんだもん。

でも一緒にいたいと言ってくれた彼には感謝してる。
本当に、ありがたいというか、嬉しかった。

互いにいろいろな問題を抱えつつも、
それをなんとか乗り越えながら、これからもやっていければ。

上手くやっていけると良いんだけれどな。

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【2007/09/11 23:40】 | 闘病関連 | トラックバック(0) | コメント(0)
まだまだなのかな
病院はどこもそうだけど、
どんな科であれ、6時起床、9時就寝がパターン。
でも絶対、そんな時間に眠れるはずもなく、
喘息とかで入院しているときは、
そろそろ寝るかなあという時間に手元の読書灯を消して、
薬を飲んで寝てた。

でも精神科は違うんだね。
個室でも、9時消灯厳守で、読書灯もつけちゃいけない。
それは大部屋の人と平等にするためかも知れないけれど、
大部屋だと隣の人が眠れなかったりするからね。
前に措置入院で入った病院は、
隣に外に働きに出ている子がいた関係で、
夜かなり遅くまでうるさくて寝られなかったのを覚えてる。
そういう意味でも、今回の病院はすごくきめ細やかで、
いろんな細かいことを気に掛けてくれる。

昨日も、朝目が覚めたらすごく悲しくて悲しくて、
どうしてこんなに悲しいんだろうと思っていて、
朝食もあまり喉を通ってくれないし、
すごく「悲嘆に暮れる」という表現がぴったり来るような感じだった。

午前中、体温計ったり、血圧計りに来てくれたりするんだけど、
その時に担当の看護士さんが、
毎日、変わったことがないか聞いてくれる。
その時にその話をして、それとは関係ない笑い話をして。

でもその看護士さん、言うんだよね。
「なんか、今お話ししてて思ったんですけど、
 お話しするときは笑いながら、にこやかに話せるのに、
 その内側になんかいろいろなものを抱えているんだなって思いました。」
言われて正直、びっくりした。
看護士さんでも、そうなんだね。

そのあと、悲しい気分のまま、
しばらくしてからメイルチェックをしたら、
相方からメイルが来ていた。
温かい言葉が詰まっていた。
それを読んで、思わず涙がこぼれた。

そのまま、書いていた外泊届けをナースステーションに出しに行く。
すると受け取った別の看護士さんが、
「どうしたの、何かあった?」
というから、泣けてきてしまって、と話す。

友だちが死んでしまったことや、いろんなことが、
ようやく実感となって自分の感情に表れてきて、
堰を切ったように涙がこぼれてきた。
「しばらく面会室で泣こうか。あそこだったら誰にも聞こえないから。
 辛かったね。そんな辛いことがあったんだ。」
そういって背中をさすりながら、面会室に1人にしてくれた。
気が済むまで泣いた。
そんなに長い時間じゃなかったけど、声を上げて泣いた。
悔しくて、悲しくて、切なくて、申し訳なくて、
いろんな人へのいろんな想いがない交ぜになって、
水風船が弾けるみたいに涙が溢れた。

涙が止まってから、部屋に戻っても、しばらくしくしく泣いて、
お昼、やっぱり食が進まなくて残しちゃって、
悲しくて、体も動かなくて、ただ寝そべって、ネットにつないでた。

でもおかげで、体の中から、
出してしまわなければいけないものが、
だいぶ出た感じで楽になれた。
泣きたいときに泣くって、大事なことだなって改めて思った。

それから1日ゆっくり過ごして、就寝時間。

いつも2時くらいに寝て、朝9時くらいに起きているので、
私の睡眠時間は大体6〜7時間になるんだけれど、
9時から6時までって9時間もねることになるでしょ。

まず寝付けない。んで、ケータイからヤフオク参戦(笑)。
その後寝たりするんだけど、
夜中に必ず目が覚めちゃう。
今日は1時半頃だったかな。寝たのは9時半。
泣き疲れていたこともあってすんなり眠れたんだけど、
巡回の看護士さんが扉を開ける音で目が覚めちゃった。

眠剤の飲み足しもまるで効くことなく、
(眠剤は2時までしか飲み足ししないことになっているので)
気がつけば朝だったのでした。

そして起きると、飲み足した眠剤の名残が。
だるくて、うすら眠い(笑)。
とりあえず、ストレッチをして体を起こし、
少し軽くなったところで、
もう少し、という感じで簡単に少し覚えたヨガを5ポーズくらい。
これでだいぶすっきり。
でも眠い。うすら眠い。

昨日の夜の時点で看護士さんに、
先生に相談できないかと言う話はしておいたので、
午前中、先生が来て診察室で話を。

普段のサイクルがきちんとできていること、
ただ疲れて家事が思うようにできないと言うこと、
単に、普段のサイクルと違うために寝付けないからなんとかしたい、ということ。

先生が「薬増やす?」と訊いたので、そこは断固反対。
今これで眠れているんだから十分です。
飲む時間が問題なんですから。

「休養入院で入っていてちゃんと管理も自分でできるから、
 自己管理に切り替えようか」
ということになり、看護士さんが呼ばれてやってくる。
色々準備があるらしい。

午後、お昼ごはんを食べてからキャンプインするかと、
ベッドの上にノートパソコンを置いてDVDを掛けて動いていたら、
何やらドアをノックする音が。
返事をして、DVDを止めたら、
「あ、ビリーやってるんですねー。すごいなあ。
 私なんかやろうと思っているのに全然」
というので、
「バンド使わないでやれば全然できますって」
なんて話をしながら、薬の自己管理の説明を受ける。

最初、トライアルみたいな形で、3日分かな、薬を渡される。
薬を飲んだら、リストにチェックをするようになっている。
薬の入った袋は(分包になっているので)別の袋に入れて保管。
飲み間違えたら報告することになっている。

これが上手くいったら1週間またトライアル、と言う形。

なんか思ったけど、薬を自己管理できない患者さんとか、
こんな開放病棟でもたくさんたくさんいて、
社会復帰するまでにこういうことを
たくさんステップとして踏んでいくんだなあと思った。
そうして自信をつけて、外へ巣立っていくんだなあって。

でもこういうのって大事なことだよね。
みんなとびきり繊細で神経が細い分、
小さなことでもへこむけど、
同じように自信だって付くんだものね。

午後、ビリーの下半身プログラムと上半身プログラムを、
ついつい通しでやってしまい(笑)、
これはきっついわと思いつつ、お風呂に入り、
入念に手足のマッサージをして、
お風呂から出たら電話があったついでに、
ジムのプログラムに参加できないことを伝えようと、
友達に電話したら、
「どうしたの?具合悪くてこれないの?」
と訊かれた。
「え、そんな風に聞こえる?ビリー2枚続けてやったせいじゃない(笑)」
そんな風に誤魔化したけど、疲れて聞こえるんだろうか。
まだまだ、心の疲れが、声に出ちゃってるのかなあ……。

そういえば、今朝の朝食に、
来週のメニューをチョイスするようにと献立表が乗っていた。
……月末近くまでじゃん。
そんなにいるとは思えないけど、ちょっとへこむ(笑)。
あとで一応書いて出しておこう。

薬も自己管理できるようになったから楽になったし、
寝る時間も自分で調整がきくから、
その点でのストレスがない分、これからは楽かも知れない。
低カロリー食のうちにビリーやって体脂肪率へらしちゃうぞー。

退院するときに、相方に、
「お、痩せたじゃーん」って言われるくらいに。

まだまだかも知れないけど、
きっと疲れももうすぐ取れる。
心の中のわだかまった謎は、退院後にカウンセリングで。

きっとやり直せる。必ず。

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【2007/09/10 16:16】 | 闘病関連 | トラックバック(2) | コメント(0)
消費される言葉と想い
たぶん私は人を信じることを知らないのかも知れない。
信じるって何?とだれかに問われたら、
答えることができない。

信じるってなんだろう。


彼とつきあい始めた頃、
当時はまだポケベル時代で、
仕事中でもポケベルでやりとりしたり、
派遣されていた職場がIT系の財団法人みたいなところで、
私用のメイルも全然怒られない部署だったところもあり、
私は辞めるときに、そのログを全部、FDに焼いて持って帰ってきた。

当時の彼は仕事もなく、
そして私は、とても暇な仕事をしていたので、
メイルチェックは5分ごとに掛けて、
まるでチャットみたいにメイルをしていた。
ログの一部はなくなってしまっていることが、
引っ越しする前にHDDに移すときに判ったけれど、
それでも、当時の互いの気持ちがぎっしりとつまったやりとりが、
その中に込められていて、
読み返してみるとあの頃あんな風だったなあとか、
お金とか全然なくて、中学生みたいなデートをしていたけど、
それでも楽しかったなあなんてことを思い出す。

でもそれは決して、過去にしがみついているわけではなく、
過去を振り返ることで今の自分を見直そうということなのだけれど。


彼はよく「愛してる」と口にする。
さらりと、たやすく。
私にはそう見える。
まるで挨拶のように。

そんなことを言ったら彼は怒るかも知れないけれど、
私はそう思うからなのか、
よほどのことがないと「愛してる」とは言わない。
昔の日本人みたいだね。

でも、「愛してる」という言葉を、
毎日毎日重ねていると、
その言葉の意味というか、重みが軽くなり、
酷く無機的になるように感じるのは、私だけだろうか。

たとえば、こんな風に書いてみよう。

愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる
愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる
愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる
愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる
愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる
愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる
愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる

すごく無機的。


でも本当の思いがずしんと込められたその言葉は、
人の心を射抜く。
私もそれで、何度救われただろう。
本当の強い想いが込められた「愛してる」という言葉で。

なんだろう、ただの軽いジャブではなく、
カメハメ波みたいなものとでもいうのかな。
どーんと心に響いて、心の真ん中を大きなものが射抜いていく。

キスだって同じ。
挨拶のキスより、思いのこもったキスの方が、
ずっとずっと気持ちが伝わるし、素敵な気分になれる。

挨拶みたいに消費するものは、
私はもはや、必要としていないのかも知れない。
そうじゃないものが欲しい。そう思っているんだと思う。

だからきっと寂しいんだ。
本当に愛されているという実感が、
それを信じられるかも知れないという実感が、
今の私には欠けているような気がする。

どうせ消費するのなら、思いやりがいい。
互いをいたわり、優しく包むような思いやりがいい。

そこに本当に愛しているといわれたら、
たぶん幸せな気分になれる気がする。


私は贅沢なのかな?


けれども、長い間二人でいることで、
少しずつ傷ついて、
つながっていたはずの心が少しずつ離れていって、
今お互いを見失いそうになっている気がする。


私は何を隠そう、愛を知らずに生まれた子供(今のところ)なので、
心を込めて抱きしめられることや、
なんの見返りも求められずに愛を注がれたことがないから、
なんとなくうわべだけの関係が好きではないのだ。
そんなものならいらないと思う。
でも何もなくなってしまうと、
酷く孤独感にさいなまれる。


退院するとき、
心から抱きしめてくれたらいいな。
もう一度ちゃんとやり直そうって言ってくれたらいいな。
愛してるって心から言ってくれたらいいな。
挨拶代わりでないキスが欲しい。


私は今、ただ、愛されたいのだ。深く、深く。

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【2007/09/09 11:34】 | 思うこと | トラックバック(0) | コメント(0)
寂しさと苦しさ
寂しいよ。
寂しいよ。

いつからこんな風になっちゃってんだろう。
ふたりはいつも愛に溢れて、
たくさん苦しいことも辛いことも乗り越えて来たのに。

いつも、ぶつかった時は、
思いやりを忘れないように、
気遣いながら歩いて来たのに。


いまや、愛されたい相手は、
恐怖の対象。

私は、母との繋がりを思い出し、
愛されたい人に棄てられることは、
死を意味すると心のどこかで思っている。

ほんの少しの、言葉のすれ違い。
ほんの少しの、相手のきもちへの思い違い。
ほんの少しの、言葉の不足。


なんでも、言わければ伝わらないものだと、
たぶんふたりは今までずっと思ってきてたけど、
きっとそうじゃないことがあって、
それは互いを深く深く理解したり、
常に互いをきちんと観察していくことから、
生まれてくるのかもしれないと思う。


でも今は寂しい。
心がつながってなくて、
その距離がどんどん離れて行く気がするから。

ねえ、このまま離れて行くの?

嫌いになった訳でもなく、
今でも深く愛しているのに。


私は多分、あの人が思うほど、
あの人の事を知らない。


今ももっと知りたいのに。
どんな苦しく辛い過去でも。

でもその願いは叶わないのかなあ。

寂しいよ。
【2007/09/09 01:56】 | 思うこと | トラックバック(0) | コメント(0)
再インテイク
一夜明けて、毎朝のようにカプチーノを淹れて、
(最近相方はササヘルスカプチーノ(笑)
 抹茶買っておくように言ったんだけど忘れてないかな)
久しぶりに堪能してから、シャワーを浴びて、
着替えてメイクして、外へ。
出かけるときに相方はいなかったけど、
モネぞう(オカメインコね)が寂しがってた。
ごめんよ。

久しぶりに原宿まで。
カウンセリングを受けるためだ。
今入院している病院では入院中のカウンセリング適用がないので、
なら外へ行こうと思い立った。
でも今考えると外の方が都合が良かったな。
この間の乖離のこととか全部話せたし。
これが同じ病院内だったら、閉鎖に入れられちゃうところかも。

以前担当してくれていた先生は退職してもういなくて、
(おそらく結婚されたんだと思う)
新しい先生とご挨拶。
ほぼ毎日いるようなので、予約も取りやすそうで助かるな。

去年の秋を最後に来ていなかったカウンセリング。
再インテイク、と言う形で、
近況、環境の変化や今悩んでいること、
何にテーマを絞っていくかを話していく。

EMDRを勧められたけれど、
1セッションが高額なのと24時間人が見ていてくれる環境が作れないので、
言ってみれば、PTSDの治療を「あきらめて」、
ともかく付きあっていこうじゃないのという形にした話。
隣にファミレス、はす向かいにスーパーができて、
休みともなれば1日ヘッドフォンをして過ごす日々が続いたり、
朝からフラッシュバックを起こしたりということが理由で、
今のマンションに引っ越しをしたわけだけど、
この2ヶ月の間に、
引っ越し、海外出張、大きな撮影とその準備や、
秋以降につながりそうな仕事の手配など、
かなり大きなことが立て続けにあったことや、
相方が鬱であること、
何かにつけて怒られたり怒鳴られたりすること、
(本人には怒っているつもりがないが語気は強い)
最終的には乖離を起こして自殺未遂をしたことがきっかけで、
こりゃマズイと思って休養入院に到ったことなどを話す。

実を言うと、今回のカウンセリングのテーマは、
私のPTSDのこととか、相方の鬱のこととかじゃなく、
二人の関係の修正にある。

いつからこうなったんだろう、と思うようなことを、
いろいろと考えながら、
改めて二人が、一緒に歩いていけるかを考えるためのもの。

バッチのセラピストさんが言うように、
私は今まさに曲がり角に来ていて、
どう曲がればうまく曲がることができるのか、
それを考えなくてはいけないのだけれど、
どんなに一人で考えても、
「どうしてこうなったんだろう」の答えが出ない。
そんな時には臨床心理士さんの手を借りるに限ると思ったのだ。

今までも、辛いことや苦しいことがたくさんあったけれど、
別れようと思ったことは、私にはない。
相方は思ったかも知れないけど。私が鬱だった頃とか。

それでも何とかやってくることができたのに、
今何故こういうことになっているのか、
改めてお互いを見直して、やり直す必要があると思ったのだ。

カウンセラーさんは、
「こういうところを使い慣れている感じがするし、
 どういう形で進めていきたいですか?」
と訊かれるけれど、それも判らない。
流れに任せていくしかないかなと思ってる。

色々話し合った結果、
10日に1度、1回30分のカウンセリングを継続して、
10月いっぱいくらいまで様子を見て、
必要が出てきたら相方もカウンセリングを受ける、ということになった。
カップルカウンセリングじゃなくてね。個別。

たぶん話さなくちゃいけないことはたくさんある。
昨日、眠れないまま色々考えていて、
ひとつだけぎくしゃくし始めた理由を思い出した。
複雑な問題だけに、私1人ではおそらすまないだろうなと思う。

今回の宿題は、
「今までいろんな危機を2人でどうやって乗り越えてきたのか」
ということを思い出すこと。
結論は案外早く出ちゃった。
ディティールはともかくとして、
相方の立場も色々あるのでここには書かずに置こうと思う。

眠れてないからだるいけど、
朝の空気を吸いに散歩に行こう。
少し気が晴れるかも知れないし、
ただ疲れるだけかも知れないけど。

また1日が始まる。まあ今日も、本能の赴くままに。

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【2007/09/08 06:52】 | カウンセリング | トラックバック(0) | コメント(0)
酒とお菓子と台風の夜
昨日の夜、日記にも書いたんだけど、
どうにもすっきりしなくて、家に帰ってきてからしばらくして、
「弔い酒」を飲むことにした。

台風が、激しい雨を窓にたたきつけるように降らせる夜。
お別れの会にかかわっていたみんなは、
無事に帰れたんだろうか。

アイツが好きだったマイヤーズのラムは、
残念ながら果実酒になってる。
でもとりあえずそれから飲んで、
甘いモノが結構好きだったアイツのために、
いただいたお菓子を開け、アイスクリームを開ける。

ベッドで、相方とトレーを挟んで寝そべりながらお酒を飲み、
いろんな想い出を話す。
良く考えたら、ずいぶんいろんな所に行っている。
アイツはミュージシャンだったから、
音楽仲間の方が多かったろうし、
私たちみたいな「ただ酒が好きな飲み友だち」は、
たぶん少なかったと思う。

ラムは1杯だけにして、
いつもカウンターで飲んでいるのが、
なんとなくジントニックとかが多かった気がして、
冷凍庫からジンを取り出す。
アイツには、たった1客だけあるバカラのショットグラスで。
私たちはウランガラスのショットグラスで。
ちびちび飲みながら、いろんな思い出話をした。

いつものバーでのこと。
隣のマジカルバーのお月見に乱入して、
月見団子が固いねなんて話をしたこと。
トルコ人の友だちを連れて行ったら、
ギターを手に取りトルコ民謡を歌ってくれたこと。
ワインバーに連れて行ったら、
大きなグラスに少ししか注がれないことに、
「もっと注ぐのかと思った」と驚いていたこと。
相方の仕事にある女優さんを目当てに、
アシスタント扱いで潜入して怪しまれたこと。
おみやげで持って行った焼酎を旨いって飲んでいたこと。
ギター片手にハリー・ベラフォンテの歌を歌ってくれたこと。
おみやげのお菓子を夢中で目を丸くして食べていたこと。

まだまだいっぱい。
生きてたら、あの店に連れて行ったのになとか、
そんなことをすごく思う。

病気の私が生きてるのに、何で死んじゃったんだよ。

でも、アイツなりに、一生懸命考えた上でのことなんだろうな。
遺書すら残さずに。親不孝も良いところだよ。

だけどその気の利かない感じも、アイツらしいけどね。

いつ会っても憂いのある表情を湛えていたアイツ。
歌っているときだけは笑顔だったアイツ。
誰にでも、優しかったアイツ。

ありがとう。
たくさんの想い出。
私は、その想い出と、アイツが残した歌という生きた証を胸に、
これからも生きていく。

バイバイ。
忘れないよ。
その声も、その顔も、そのちょっと背を丸めた、歩く姿も。

また、空の上で会おう。
そしたら歌ってよ。あの時と同じ歌を。

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【2007/09/07 08:46】 | 日々のこと | トラックバック(1) | コメント(0)
泣きたいときに泣けばいいじゃん
病院に入院して、たった2日目で外泊。
主治医に話ができたのが幸いだった。
しかも理由が「葬儀」だからね。

で、今日、友人のお別れの会に行ってきた。

アイツは白い箱に入った、骨になってた。
隣には、飼っていたペットと思しき小さな骨壺もあった。
いつもの笑顔の写真。

箱には被っていた帽子がのせられ、
いつも吸っていた煙草が口を開けてのせられていた。

香典返しができないから、と言う理由と、
彼がパフォーマンスの時、ライブハウスですら、
「投げ銭」でやるのをポリシーにしていたから、
香典袋には入れず、ほとんどの人が裸のお札を箱に入れてた。
私はね、家にあったありったけの小銭を、
袋に入れて持って行ったよ。
昔パフォーマンスを見て、投げ銭したのと同じように。

でもね、ひとつだけ引っかかってしまったんだ。

アイツは湿っぽいのは嫌いだったかも知れない。
でも何で、泣いちゃいけないんだろう。
骨箱につかまって、やっと実感ができて泣き崩れたら、
「泣かないで、みんな同じ気持ちなんだから」って、制止された。

泣いて、たくさん泣いて、アイツの思い出話をしなかったら、
アイツに想い出をありがとうって言えないよ。
まだ馬鹿野郎って思ってるままだよ。
あそこで声を上げて泣けたら、
気持ちを昇華できたのに。
そうしたら、アイツに、
改めてありがとうって言える。
たくさんの優しい想い出にありがとうって言える。

良く最近、お葬式の時に、
湿っぽいのが嫌いな故人のために、
明るいお葬式をというのがあるけれど、
参列者は、無理して笑わなくちゃいけないのかな。
いろんなことを思いだして、涙が出たりしないの?
それとも涙が出ないほど悲しい?

私はできるなら泣きたい。
今でも泣きたい。
でも、泣きようがない。
想い出を分かち合えるのは、
隣にいる相方だけなのと、
疲れてしまって、ただ眠い。

くそう。アイツにありがとうって言いたかったのに。

お葬式が湿っぽいものになるかならないかは、
参列者の涙によるものではないと思う。
故人が、どんな風に考えているか、お葬式にどれだけ反映できるか。
それって意外と難しいんだなって、今日思っちゃった。
そういう意味でもお前は馬鹿野郎だとアイツに言いたい。

遠くに行っちゃう分、もっと長く一緒にいたかったけど、
会場は彼のファンや関係者でいっぱいだった。

こんなに愛されていたのに。
なにもこぼさずに。
だから死んじゃったんだよな。
優しすぎたんだよ、お前は。

少ししたら、眠いけど、相方をお酒に誘ってみよう。
泣きながら酒を飲んだって、たまには良いじゃない。
それで明日の朝、台風が去ったのと共に、
ありがとうって青空の下で笑顔で言えたら、最高だよ。

私は自分の葬式のこと、ちゃんと考えておこうっと。
誰が泣いても、しめっぽくなったりしないように。

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【2007/09/06 21:30】 | 闘病関連 | トラックバック(0) | コメント(0)
眠れない夜と外泊届け
昨日は眠れなかった。
さすがに眠れなかった。
死んだアイツのことばかり思い出し、眠れなかった。
不思議と涙は出なかったけど、
ただまだ実感が湧かないだけかも知れない。
ナースステーションに行って追加の薬をもらうこと、2回。
医療機関に入院していて、よかったなと正直思った。
これが旅先じゃあ、どうにもならない。

2回目の薬を飲んで、1時間以上経って、
ようやく寝付いたみたいだけど、
朝きっちり目が覚めた。

アイツの葬儀は密葬になることになった。
家族のショックは計り知れない。
それで、私たち友人同士も、お別れの会を開くことになった。
それだけでも良いから行きたい。
最後に顔が見られなくても良いから、
ばかやろうって言って、いつもみたいに小銭を投げてきたい。

問題は昨日の今日みたいな形で外泊をすることになってしまうこと。
主治医から外出の許可は話しておいたので出ているらしいけど、
あいにく、今日は主治医不在。
事情が事情なので、許可は下りると思うけれど、
「おうちでちゃんと休めますか?」と、
看護士さんに一番最初に心配された。

そりゃそうだよね。そのための休養入院なんだし。

でも行ってくる。
あのばかやろうのために入院が長引こうと、
私はアイツに今の気持ちを伝えたいと思うから。

おまけに今日の夜台風上陸って。
ほんとばかやろうだな。アイツ。
人の身にもなれよ。

翌日はカウンセリング。
入院中は院内のカウンセリングが適用できないことが判ったから、
以前通っていたセンターに行くことに決めた。
前の担当カウンセラーは退職しちゃったのと、
間が空いているから話が全部終わるかどうかが問題だけど、
できれば密に通って、今疑問に感じていることや、
自分の中で抱えている問題を解決していきたい。
ともかくここから、今の状況から脱したい。ただそれだけだ。

午後には相方が車で迎えに来る。
支度をしなくちゃ。

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【2007/09/06 07:31】 | 闘病関連 | トラックバック(0) | コメント(0)
入院中の訃報
入院2日目。
何しろ寝付きは良かったのに、
中途覚醒4回ってどういうことですか(笑)。
夢ばかり見ていて、なんだか寝た気がしなくてだるかった。
目が覚めたのは6時前。
退屈だから朝食前に天気予報を見てからストレッチ。
台風直撃っぽいから、相方の旅行はそのあとだろうな。

インターネットや携帯を使える部屋は限られていて、
そこに朝、パソコンを持ってメイルを取りに行く。
そのあと、mixiなんか覗いてみたり。

ある友だちの日記に気になることが書いてあった。
それでいろいろとコミュをたどっていったら、
友だちが、亡くなっていた。
自ら命を絶ったらしい。

彼は往年のジャズシンガーみたいな気持ちの良い声を出す歌い手で、
中央線沿線で活動をしていた。
私たちが行きつけにしていたバーはもう閉じてしまったけれど、
ドアを開けると煙草の煙がもうもうと立ちこめる中で、
彼はお気に入りの帽子を被り、煙草を吸いながらカクテルを飲み、
時にはギターを抱えて歌い、笑い、馬鹿話をした。
その店がなくなっても、その街の道端でばったりとあっては、
最近どう?なんて訊いたりしてた。
最後にあったのはいつだろう。
数ヶ月前。そう、出張に行く前だから、
5月か6月くらいだったと思う。
ハンチングを被ってた。
あの時の顔、今でも忘れてない。

周りの誰もが、あまりに突然すぎて、
彼の死を受け止められず。

びっくりして、私も思わず相方に、
朝早いのに電話を掛けてしまった。
外出許可が取れて、葬儀の場所が近いなら、最後に顔を見たい。

たとえその声を聴くことができなくても。

CDすらもってないよ、ごめんね。
道で歌っていたことしか思い出せないよ。
あの時の楽しそうだった笑顔しか、思い出せないよ。
どうして、どうして。


私は、こういう病気だから、
友だちを自殺という形で失うことは今までにも何度かあった。
でも、なんでアンタが。
アイツなりに悩んで、苦しんでいたんだろうけれど、
誰にもそれをこぼすことなく死んでいくなんて酷すぎるよ。
酷いよ……。



午前中、ソーシャルワーカーさんや担当医と話して、
先生が、
「まあ、本能の赴くままに、寝るなり、休むなり、
 運動するなりして休養してください」
というので、
気晴らしに、昼食後にビリー再入隊。
だってソーシャルワーカーさんだっていいって言ったし、
先生もジョギングぐらい良いって言ってたもん。
汗を流してからさっぱりと入浴。


でも気なんて晴れるわけがない。
たぶん、彼の音楽が、私のiPodとかに入っていて聴けたとしても、
ただそれを聴いて泣くことしかできないだろうし、
彼の葬儀にたとえ参列できても、実感も湧かないだろう。
冷たくなったアイツが目を閉じてそこに横たわってる。
煙草の煙が目に染みた時みたいに目を閉じて。
ただそれだけだろうと思う。

魂はまだそこにあるのかもしれない。
永遠に消えないのかも知れない。
彼の歌った歌と同じように。

辛いことだけれど、人はいつか必ず死ぬ。
それが早いか遅いかだけのこと。
何でアイツみたいに才能豊かで良いヤツが死んで、
どうでも良いようなアホな政治家とかがよぼよぼになっても生きてんだ。

退院したら、友だちに聴いて、
まだCDが買えるのか、訊いてみようと思う。
だってそれが、彼の置きみやげだと思うし、
彼の生きた証だと思うから。

その証を胸に、私は生きていこう。
いつかアイツと、お空の上で会えるときまで。


さっき入院診療計画書というのを、
看護士さんが渡しに来た。

病名:抑鬱状態
症状:意欲低下など
治療計画:休養、場合により薬物調整
推定される入院期間:約14日
その他:まずはゆっくりと身体を休めて、
    徐々に生活リズムを整えていきましょう。
    何か判らないことがあれば、主治医、看護士に御相談下さい。

だって。

入院二日目にして結構退屈してるけど、
まだまだ疲れているのかもね。
まあゆっくり休みます。
途中仕事とかいろいろあるだろうけど。

仕事はある程度期日があるものだと「しなくちゃいけない」と思えるのに、
家に帰って家事を「したい」とまだ思えない。

そう思えるまで休めってことなんだろうな。


病院の外に出ればコンビニはあるけど、
友だちのために弔い酒を飲むこともできない。
くそう。私はどうしたら良いんだよ。
こんな時に死にやがって。ばかやろう。

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【2007/09/05 15:10】 | 日々のこと | トラックバック(0) | コメント(0)