依存症と、見捨てられ不安という名の恐怖
このところ、自律神経のトラブルから、
熱が出て下がらず、ついに1ヶ月近くになってしまった。
最近はmixiにも日記を書いてない。
熱を下げる手段が薬にないので、
(解熱剤飲んでも下がらないし、神経系の薬もないらしい)
ただベッドマットがへこむくらい、長いこと体を横たえて、
水分をとりながらクーリングをする日々が続いている。

話は変わって。

前にも書いたように、私は依存症だ。
今は買い物依存。
というか、買い物依存歴が一番長いかも知れない。
任意整理までしてるくらいだから。

そして、わが家の経済的事情が悪化してはや半年近く。
その間も、私はともかく消費することを続け、
ついに貯金やらなにやら、尽きてしまったらしい。

それでもまだ、買った物が山ほどあって、
届くことを恐怖感から相方に告げられず、
今日、問い詰められて、怒らないからといわれて、
リストと額を出せ、といわれ、
おそるおそる出したら、やっぱりものすごい勢いで怒られた。

生きているのが迷惑なのか、
死んだ方が迷惑なのか、
正直今の自分には判らない。

ちょうど今日、薬もなくなって、通院日だったので、
主治医に話しても仕方がないのだけれど、
(つまりはカウンセラーに話さなければ意味がない、ということ)
とりあえず話しておこうと思って、今日あったことや、
最近の出来事、依存症に関することなど、長い時間話してきた。

それで、ふと思い出したのは、
某ショッピングサイトのお気に入りリストに、
欲しい物を入れておく癖がついていて、
それを以前は、自分の収入やら、家計の一部から買っていたのだけど、
そのリストから、買った物を削っていったら、
いわゆる実用品しかなくなってしまったとき、
強烈な恐怖感に襲われたことだった。

買う物がない事の恐怖。
そして私は、ひたすら買いたいと思う物をサイトの中で捜しては、
お気に入りリストの中にクリックして入れていった。
ともかく何でも良かった。
花、かんざし、アクセサリー、作家物の食器。
ともかくリストを埋めていくことに必死だった。

けれども、リストがそういう物で何ページ分にもなると、
ふと我に返って、
およそ手の届かない値段の物を削り始めるのだ。
手に入らなければ、私には意味がないから。

いつか憧れの……というものはたくさんある。
けれどそれはいつか、で終わってしまう。

あくまで手の届く物。

1か所のショップで頼んだ物が1万円を超えると怖くなる。
(アクセサリーは除くけど)
花だけで1万円越えとか。
きっと怒られると思って恐怖に駆られる。

その時、気が付いたのだ。
私は彼の顔色をうかがっているんだ、ということに。
それは、母の顔色をうかがっていたのとまるっきり同じで、
常に恐怖感を感じながら、買い物をしているわけだ。

そうまでしてどうして買い物を止められないのか。

単純に自分の中に開いた穴を埋めたいだけなのかと思っていたけれど、
そういうことではないらしい。

今買い物を取り上げられたら、
何か他の物に依存するだろう。
手近なところならアルコール。
薬を飲んでいるから依存症になったら命に危険が及ぶのは目に見えてる。
薬は、市販薬くらいがせいぜいだろうけど、
これも命に関わることには変わりがない。

何かに依存することを禁じられることは、
小さな子どもが親に棄てられてしまうことのように怖い。
そう、私がそうされたように。

私は、親の顔色を見ながら、ご機嫌を取って、いつも不安な気持ちで生きてきた。
(その頃から既に依存症の症状は出ていたように思う)

今は彼の顔色を見ながら、心の穴を埋めたくて、おそるおそる買い物をしている。

彼に棄てられるかも知れない。
そう思いながらも、黙って。

自分をそうして駆りたてるのは何なのか。
見捨てられ不安を抱えてまで、買い物をしないと、まるで生きていけないかのように。

うん、生きていけないのだろう。

でも現実問題として、買えなくなったらどうするのか。

上に書いたように他の依存を捜すんだろうと思う。
アルコールとか。

でも買い物をして、その時陶酔感があるかとか、
気分が良いかというと、それが全くないのだ。

そういう意味では、PTSDに付随した症状でしかないんだろうか。

買い物をした物を放置したり隠したりもしないし、
花もちゃんと面倒を見ているし。

他にもこのところの依存が酷いことの要因はいくつかある。

家族との距離が近くなったこと。
仕事の関係で、母の作った物を売るかもしれないことになり、
相手先に母を紹介しなければならないけれど、
会うのは到底無理だし、
距離が近づくことで、母の顔色をうかがっていた頃の自分に、
引き戻されてしまうのではないかという強い恐怖感と不安感がある。

それから、寂しいと言うこと。
相方は今、収入源がない状況が続いているので、
このままだと行けないと思い、数ヶ月前、アルバイトをすすめた。
すると、彼は体力もついて、鬱っぽさもあまり見ていて感じられなくなり、
(ただストレスがたまっているので、口論になると話しがループするけど)
問題になっていた血糖値まで下がったりして。

勤務が夜の方が時給のいいアルバイトなので、
彼は最近夜勤を中心に仕事をしている。
一度は日勤に切り替えるから、といったものの、
それでは追いつかない状況だからだ。

なら私が働けばいいのかも知れないけれど、
最初に書いたとおり、自律神経の調子も悪く、
薬も増えて精神的にもようやく鬱が快方に向かいつつある状況なので、
もうひとつ仕事をするのはまず無理。
今している仕事だけで正直精一杯の状況だ。

だから、人と話すことがほとんどない。

寂しくてネットに向かっても、書くことがない。
mixiは楽しいことだけ書こうと決めているせいもある。
だからここに逃げ道を作っているのだけれど。

でも、書く事なんて、寝てばかりいたらそうそう起きない。

そうすると、なんとなくショッピングサイトを開いて、
何かを買っている。

良く考えたら、昨秋、休養入院をしていたときもそうだった。
精神的に疲れて解離中に自殺未遂を起こしたことが原因で、
主治医から「2人とも少し離れて過ごした方が良い」といわれ、
2週間入院している間、他の人がいると煩わしいので、
個室に入院したのだけれど、
そのせいもあって毎日ネット三昧で買い物ばかりしていた。
誰と話すわけでもなかったし、食事も部屋で1人でとっていたから、
話すのは看護士さんくらいだったし。

寂しかったんだね。

おそらくその寂しさはものすごく根源的な物で、
彼が側にいてくれても埋まらないから未だに買い物をしているのだと思う。
前の日記にも書いたように、
深いスキンシップも含めた彼の存在がないと埋まらないのだと今は思う。

母親と彼を置き換えてるなんて、ばかばかしいかも知れないけど。

でもそれは今度は、「相方依存症」になるんだな。
依存の対象が置き換わるだけ。
まあ、困らない依存ではあるけれど、
相手のあることなので、彼の努力も必要になってしまう。


私は一生、満たされないのかも知れない。

たった一度の、たった数年の過ちや仕打ちのせいで。
セラピストさんが言うようにそれは根深く、根源的な物だと私も思う。

どうかそんな子ども達が、これから先、増えませんように。
そんな不幸な人間に育ってしまいませんように。

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【2008/05/27 21:09】 | 依存症 | トラックバック(0) | コメント(1)
強く深く、求めてやまない心
目下、バッチフラワーの好転反応で、
今までにない苦しみの中。

チコリーの好転反応。それにたぶん、チェストナットバッド。
こんなに強く出るとは思わなかった。

私は元々、人との深いつながりを求めるタイプで、
それがなくなると、たがが外れてしまったかのように、
他の物に依存するようになってしまう。

子どもの頃、十分に愛を与えられず、
一番必要なときに、逆に虐待を受けていて、
戻ってきてからも、愛されていると実感したことが一度もないから、
というのが大きな理由のひとつにあると思うのだけれど。

チコリーのマイナスの感情のひとつに、
その愛を求めるが故に、
相手を困らせるような行動を取って気を引こうとする、というのがある。
今回、これがものすごく強く出てる。

様々な事情で相方と一緒にいる時間も少なく、
話もろくにできなかったり、
目が覚めるとひとりぼっちだったり、
一緒にいても相手は寝ているだけだったり。

彼には彼の仕事があり、それが本業ではないことを知っていて、
本業に戻る時間を割いて欲しいと思いながらも、
寂しさや哀しさが先に立ってしまい、
ともかく側にいて欲しいとかそういう思いだけに駆られてしまい、
ものすごく苦しくなってしまう。

愛を交わすこともなく、ただふざけてすごすベッドの中での欲求不満や、
そうしたスキンシップの不足が招く相手からの愛情への懐疑的な感情。

どこに遊びに行かないでも良い。
美味しいものを食べに行かなくても良い。

私の心の穴を埋めてくれるのは愛情だけであって。

それもスキンシップを伴うものであって。

私は抱きしめられ、愛していると言われることで、
その体を感じることで、
彼と母親を置き換えているのかも知れない。
ただ愛されたい。でもそれも叶わない。

それも限界に近いのかも知れない。

昨日はODしたけど、耐性がついているのか、普段通りに目が覚めた。
頭が少しクラクラするだけで、普段より更に少し寝て終わり。

今日、彼との約束を反故にされそうになったとき、
仕事もあるから断ってくれと連絡をした。

実際仕事しないと間に合わないんだけど。

でもそれ以上に、私が彼に話し、こうして欲しい、と話して、
彼が約束をしたことを、
なかなか果たしてもらえないことや、
なかなか実行に移してもらえないことに、
もう限界を感じているのかも知れない。

顔を合わせる度に口論になるのなら、
そろそろ休養入院をした方が良いような気もする。
なにか余計なことをするきっかけになってしまうから。

彼もストレスを溜めて、最近調子が思わしくない。
喧嘩になると同じはなしを何度もループする。
鬱の人によくある傾向。
そしてそれを相手のせいにするんだよね。

自分がそうだったから、それがよく判る。

いつになったらここから抜け出せるのか。

彼はいつになったら元の仕事に戻れるのか。

このままだとお互いに壊れてしまうよ。


私はあの頃と同じように、今、ひとりぼっちだ。
でも、誰とも会いたくないし、どこにも行きたくない。
ただ愛されたい。私を心から愛する人に。
深く、強く、互いが求めるままに。

それが叶わずに苦しむのと、
命を絶つことのどちらが苦しいのだろう。

今の私にはどちらが重いのかすら、判らない。
判らないよ。

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【2008/05/24 20:16】 | 闘病関連 | トラックバック(0) | コメント(2)
矛盾した思い
あなたが、読んでくれるかどうかは、私には判らないけれど。

あなたが、自分で自分を傷つけてしまう気持ちは、
私も何年も前に、鬱を併発していた頃、
だいぶ色々しているからよく判る。
リスカやアムカに始まって、
OD、首つり。
全部相方や友達に発見されて、死ぬことはできなかった。

というより、ODしちゃった、とか連絡しちゃうんだよね。
なんでだかね。

一時は、生きることと死ぬことが自分の中で同じ重さで、
死ぬ事なんて全然怖くなかった。

でも今は怖いな。
私は生きたいと思うから。
生きて、たくさんの人にしあわせを与えられる人間になりたい。

それでも、今でも時々考えることがあるよ。
私が生きていることと、
死んでしまうことの、
どちらが迷惑なのだろうかと。

私は酷い依存症で、
穴を埋めるのに必死で。
買い物をすることが止まらず、
何かあると物を買ってしまう。
買い物の頻度は、3日とあかないときもざら。

幸い鬱の方が、薬を増やしたおかげでソフトランディングできて、
良い感じで日常を送れるようになってきたし、
今までストップしていた仕事も再開しようと思えるようになったりね。
自分でちゃんと稼げれば、彼に迷惑をかけずにも済むし。

それでも、生きるべきか死ぬべきかを考えてしまう。
死ぬならどんな方法でと考えることもある。

ODはよっぽど大量の薬を貯めないと死ねないからしない。

するなら今どき流行の硫化水素か、
飛び降りだろうなあって思ったりするよ。

硫化水素はものすごく苦しいらしい。

飛び降りをするには、うちの近所は高いビルが少ないなあ。
セキュリティの甘い古い高層マンションを探すとか。

でもどれも、何の関係のない人にまで迷惑をかける。


私を、
生かしてくれて、
心配してくれて、
好きでいてくれて、
信頼してくれて、
必要としてくれて。

そんな人たちを深く深く、傷つけることにもなる。

友達が突然亡くなったりすると、
本当に悲しくて、どうしてって思って、苦しくなる。

自分が死んだら、そんな人いないだろうなんて、
口では言ってみたりするけれど、
本当はそんな風に思ったりしてないんだよね。
少なくとも、私はそうだな。

いろんな人の顔が思い浮かぶ。
たくさんの、私と強い絆で結ばれた人も、
緩い感じで繋がっている人も。
みんなの顔が思い浮かぶ。

それでも自分が生きていることが苦しくて、
何もかもなくなってしまえばいいと思って、
だけれど生きていることを確認したかったり、
そんな矛盾した思いを抱えながら、
ただ生きづらい自分を、どうにかしたいと思い、
ほんのひとときでも良いから苦しい思いから逃れようと。

でも、それに100錠近い薬はいらないよ。

自分が普段飲んでいる薬と、
頓服のバッチフラワー数種だけで十分。
深く深く眠って、翌朝目が覚めたら、新しい人生が始まる。
眠ることでリセットして、ぐるぐると回る悪い考えを止めれば良いんだ。

本当は生きたいんだもの。

だけれど、苦しくて、死を選ぼうとしてしまう。

本当に、魂と肉体を引き離さなくても、
眠ることで死ぬことはできるよ。

目が覚めて、またお先真っ暗なんてことは、そうそうない。

もしそんな状況が続くなら、主治医に相談すればいい。
それだけのこと。


私もそれができなくて、何年か苦しんだ。

でもはい上がってきた。
自分を大切にできる自分になろうと。

自分を大切にすることが、人を大切にしていくことの第一歩に繋がっていくから。

自分を信じ、
自分を愛し、
自分に優しくし、
自分を慈しみ、
美しい花から無償の愛をもらい。

それが人を信じ、
人を愛し、
ひとに優しくでき、
人を慈しみ、
人に無償の愛を与えることができる。
そのきっかけになる。

生きることの尊さを、
知ることができる。

ただし自分に負けなければ。
常に自分自身に、負けずに。

どんな誘惑も、
結局は自分が負けるからそうなるだけのこと。

だから負けないで。

誰もあなたの代わりになれない。

あなたはこの地球の上で、たった1人の、大切な存在なのだから。

世界中捜しても代わりはいないのだから、
その存在を大切にして欲しい。

あなたがわたしを慕ってくれるように、
私もあなたが大好きだから。

きっといろんな事を乗り越えられると信じているから。

だから負けないで欲しい。
自分自身に。

大丈夫。きっと上手く行くから。
過去のことはなかったことにして、
ともかく今を生きることを大切にしよう。
その方がきっと今は楽だから。
余計なことに囚われず、自分のことをとにかく考えて。

きっと、ちゃんと立ち上がって、その足を1歩ずつ、
前にあるステップに乗せていくことができるから。

負けないでね。

テーマ:うつ病(鬱病)、メンタルヘルス - ジャンル:心と身体

【2008/05/20 19:17】 | 思うこと | トラックバック(0) | コメント(1)
2008年5月のバッチフラワー覚え書き
ちょっとした手違いで1ヶ月遅れてしまったバッチですが、
GW明けに届きました。

今月のテーマは
「家族と距離が近づくと出てくるAC癖を緩和する」
といった感じかな。
AC癖と、その一方で開けてきた過去の問題、
それに向かっていく力や、
引き続き依存症や、依存対象に関するレメディが出てます。

ということで、今月のレメディは

チコリー
アグリモニー
レッドチェストナット
ミムラス
ウィロウ
マスタード
チェストナットバッド

と、7種ぎっしりの組み合わせになっています。


チコリー

本来私が持つ性格として、世話焼きで、
感情的に相手と深いつながりを求める方なのですが、
それは愛されたいという願望と自己憐憫の裏返しでもあるわけです。
実際今後、大伯母の世話をしたい、と考えていることから、
「無理せず、自分のできる範囲を超えずにする」ということを、
正しく理解するために、ある種予防として入っている物。


アグリモニー

AC癖でもあるのだけど、どんなに自分が辛いなあと思っていても、
人にはそれを見せないというのが抜けていないわけで。
争いに対する恐怖や心配、魂の苦悩、薬やお酒に頼る生活、
苦悩を見せたくないあまり、辛くなると寝室に籠もって何もできなくなってしまう、と。
自分の価値を見いだして(自己評価低いからね)、
楽に過ごすことができるようになるために。


レッドチェストナット

家族や相方など、心配する人の数と内容が増えています。
相方も今の状況からなかなか脱却できない状態で、
様々な問題や心配事が多くなるため必要な物。


ミムラス

おなじみですね。原因の分かっている恐怖や不安に。


ウィロウ

過去のことに対し、開けてきた部分もありつつ、
まだまだ許しきれていない、恨む部分も根底には残っているので、
出し切ることが出来るように、楽になるきっかけを作るために。
無理が結果的に自分にかぶる性格なので必要とのこと。


マスタード

自分の生真面目さが前に出やすい状態の中で、
突然憂鬱になったり、鬱を併発していることから、周期的に辛くなり、
何もかもを放り出してしまう可能性があるので、それを防ぐために。


チェストナットバッド

買物依存や悪いこととわかっていても断ち切りれずにいることに対して。
これは引き続き。切れちゃってた1ヶ月は大変でした……。


確かに家族との距離が近くなるのは実はちょっときつくて、
様々なことを頼まれても、過去の遺恨から関わりたくないと考えたり、
母親と顔を合わせるようなことがあったら、
AC癖が強く出て、精神的に、また性格的にも、
ぐいぐいと過去の自分に引き戻されてしまいそうだという恐怖感があります。
その点でもミムラスを入れたのは、
たった1通のメイルでよく判ったなあと思ってしまったり。
本当に今回の内容には感心させられてしまったというか。

3週間後にどんな状態になっているか、
周りの変化も含めてちょっと気になるところです。

テーマ:バッチフラワーレメディ - ジャンル:心と身体

【2008/05/17 00:13】 | バッチフラワーレメディ | トラックバック(0) | コメント(0)
意外な反応
最近の母とのやりとりや、
伯母とのやりとりの中で、
母や伯母の反応が意外な物だったということを、
この間気付かされた。

確かに鬱を発症して、それが母のことが原因だと思ったときもあったし、
(事実そういう部分もあるけれど)
PTSDを発症して、親もカウンセリングを受けるべきと、
カウンセラーの先生から言われたとき、
それをそのまま伯母さんを通して伝えたら、
そんなところに行くのなら死んだ方がマシだ、と言われたときには、
母が精神疾患に対して持つ偏見と、理解の無さに辛い思いをしたときもあった。

でも自分が何年もかけて、
カウンセリングに通ったり、バッチを取り入れたり、
ともかく「自分が楽になるように」、また「相方を困らせないように」と、
色々してきた結果、
私はきちんとその分成長しているわけで。
そのままそのままで、人はとどまっているわけではないということを、
理解してもらえていなかったみたいで、
うちの母は、母の日の花束を贈ったら、
「急にこんなに態度が変わるなんてちょっと気持ち悪い」といい、
伯母は「相当恨んでいるみたいだから母の物なんて着たり持ったりできないと思ってた」と。

人はいくつになっても成長するんだよ。
だから、そういうことを言われても、
「未だにそんなことを考えてると思ってたの?」
としか言えないし、
私は感じることをそのままに伝えているだけなので。

でもこの間の母の手紙は、
それを理解した上で書いてくれたのだろうと思ってる。
というか、そう思いたいな。


*********

つい2日ほど前、友達の訃報が舞い込んだ。
ここ2年くらい、あの街で見かけていないなと思っていた彼が亡くなったと。

私より年下のはず。
それが1年半も癌で闘病して、苦しんで亡くなったそうだ。

彼とは、行きつけのバーで知り合い、
当時付きあっていた彼女もよく知っていた。

けど、2年くらい前からバイト先から彼女は姿を消したので、
どうしたのかなとは思ってた。

どうやら、そのバーが閉店になった直後に、
二人は別れたらしく、
彼女には今はすでに別の彼が居るらしいことも聞いた。

でも、彼の最期を看取ったのは彼女だった。
彼女は、もう付きあってはいなかった彼の看護をし、
一緒に頑張っていたのだ。
私たちみんなの知らないところで。

彼は「誰にも言うな」と彼女に言っていたらしく、
バーのオーナーをしていた私の友人も、
本当に亡くなる数日前に初めてお見舞いに行き、
それが最後になってしまったそうだ。

彼の笑顔しか思い出せず、
彼が話していたことを色々思い出す。

私は仕事をしながら、彼のことをちょっと考えたりして、
買い物に出かけたとき、彼の好きだったお酒を買ってきた。

仕事が終わったのは夜が明けた頃。

朝から、仕事を手伝ってくれた相方と、
二人でそのお酒を開ける。
彼がいつもそのバーで飲んでいた缶のギネス。

グラスを3つ、用意して。

お疲れさま、シゲキ。
よく頑張ったね。

そっちで、先に行ったテッシンと、
二人で飲んだくれていてよ。
私は当分行かないから、相当待たせるけどね。

不思議と涙は出なかったけれど、
テッシンの時と一緒で、
何日か経つにつれ、
彼の死が自分の中に染み込んでくるのかな。

ギネスを飲むときには、彼のことを思い出すんだろうな。
それはアイツが好きだったラムを飲むときに思い出すように。

さよなら、シゲキ。
またいつか、どこかで出会える日まで。

テーマ:心的外傷後ストレス症候群(PTSD、C-PTSD) - ジャンル:心と身体

【2008/05/09 02:29】 | 闘病関連 | トラックバック(0) | コメント(0)
母からの手紙
今月は母の日がある。

病気を発症してから、母の日と聞くだけで具合が悪くなるくらい、
この時期が嫌いだった。
ネットをうろうろしていてもあちこちに母の日の文字。
気分が悪くなり、ただ体を横たえる日々。

だけど今年は違う気分で迎えられるかなって思ってた。
ちょっとは違う気分で。

母の日の撮影をするのだけど、
それには伯母に来てもらうことにして、
母には花を贈ったのだけれど、
4月中に届いてしまったらしく。

母からお礼の手紙が届いた。

いつかゆっくりと、向き合って話ができる日が来たら……というようなことが
お花のお礼と共に書かれていた。

妹の近況も。
私が成人式に着た振袖なんかを、
今年成人式を迎えた妹に送ったりした話しが綴られていた。
芸大で音楽を学んでいるというから驚き。
姉弟3人とも、音楽に何らかの形で関わったことになるね。

妹に会うつもりはないと言うことなどが書いてあったけれど、
それよりも、最後の一言が、ちょっと辛かった。

あなたもいつか、薬や病院に頼らず、
幸せに暮らすことができるように願っています。

これだけ読めばなんてことはないけど。

お母さんごめん。

私の病気は、現代の医学では、完全に治る保証がないんだよ。
莫大な費用をかけても、治らないの。

もう、お母さんが悪いなんて言わないけど、
でも、そういう病気だと言うことを、
いつか理解して欲しいな。
うん、いつか。

私は病気と付きあうことしかできないけど、
しあわせだからいいんだよ。

苦しいこともたくさんあるけれど。
でも、私には、私を生かしてくれる人たちがいる。
それでしあわせ。

病院や薬は、決して悪い物じゃないことを、解ってね。
お願いだから、解ってね。

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【2008/05/02 00:17】 | 闘病関連 | トラックバック(0) | コメント(2)
雨の夜も、晴れた朝も


日々のよしなしごと、そして闘病記録。

プロフィール

Author:磯村梨絵子
料理やお酒を生業とする、PTSD・依存症と闘うACサバイバー。現在鬱病を合併しているので、ゆっくりとしたペースで仕事や日常のことをこなしつつ病気と闘っています。
生来の凝り性のためかかなり多趣味。こいつが依存症に拍車を掛けていたり。現在は病院とカウンセリング、バッチフラワーレメディなどを取り入れて治療をしています。
依存の対象は心の病が大きな問題になるまでもいろいろと変遷しています。子供の頃からお小遣いをもらうとすぐに使い切ってしまうのは普通のことで、中学生の時には軽度の摂食障害なども経験しています。買い物依存は長年対象を変えてずっと続いている大きな問題のひとつです。
家族は相方とミニうさぎとオカメインコ。静かな環境に引っ越して、ガーデニングなどしながら、マイペースに自分と向き合っています。
日々のことや闘病のこと、いろいろと思うことなど書いていこうと思います。



ちょっと便利なサイト。
ネットショッピングする人には欠かせないポイントサイト。私も愛用しております(笑)。


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