このところコメントをくれるSさん。
ハンドルを変えたところで、 私にはあなたが誰だか、判ってますよ。 2回目のコメントがまずかったね。 少数の人しか知らないことを文中に書いてしまった。 それで私はピンと来たよ。 なんで1通目で気が付かなかったんだろうってね。 私は文章のプロでもあるので、 文体や字面、言葉の使い方で誰が書いているのかすぐ判ります。 敢えてアク禁にはしていませんが、 あなたが私や、私の友達にしてきたことは、 許されることではありません。 友達を使って、別の友達を傷つけたり。 ねえ、コントロールマニアさん。 自分の交友関係を掌握していないと気に入らない、 おそらくボーダーであるあなた。 (主治医に経緯を話したらおそらくボーダーだろうって言ってたよ) あなたはもうほとぼりが冷めただろうと思っているかも知れないけれど、 私は全くそんなことはなく、 私自身のことはともかく、 あなたの心の汚い部分を見せつけられ、 (あの時やりとりした最後のメイルをそのままそっくりあなたに返してやりたいくらいよ) そしてその後も、私の友達があなたの精で傷ついたのをたくさん見聞きしてます。 あなたと付きあう気はもう全くありません。 被害を受けた友達にも、警察に届けるように伝えたくらいです。 (警察に相談したらそういわれたのでね) もう近づかないでください。 また書き込みをしたら、今度はアク禁にするので、あしからず。 テーマ:心的外傷後ストレス症候群(PTSD、C-PTSD) - ジャンル:心と身体 ![]() |
今月は運悪くというか、なんというか、
いつもお世話になっている先生が臨月で出血してしまったので、 振り込みしたもののボトルを作るどころではなく、 「ミムラスとチェストナットバッドだけは入れてー!」 とメイルが来たので、自分で作ってみることにしました。 で、今の状況を考えて入れようと思ったのは、 チェストナットバッド ミムラス オリーブ レスキュー とまあ、シンプルにしてみました。 チェストナットバッドは買い物依存予防。 ミムラスは家族との関わりが多くなってくるので不安感を取り除くために。 オリーブは精神的にも、体力的にも疲れているので。 レスキューは、希死念慮が強いのと、いろいろとショックなことが続いたりするので。 本当はこれにクラブアップルを入れた方が良かったかな。 入院したりとかしたのでね。 あと、レッドチェストナットが入れたかったけど手持ちがないのよね。 買えばいいっちゃあそれまでなんだけど(笑) 自分で作った初めてのバッチだけど、効いてくれると良いな。 来月もまだ先生は産休なので、自分で作るんだけど、 果たしてどうなる事やら。 上手く効いてくれますように。 テーマ:バッチフラワーレメディ - ジャンル:心と身体 ![]() |
最近、精神的にものすごく不安定で、
自殺未遂をしたり、昨日もしようとしたり、 その度に、たくさんの人に心配をかけて。 本当にごめんなさい。そしてありがとう。 早く鬱が寛解するとPTSDの症状だけで済むから楽なんだけど、 (希死念慮とかは自責の念がよほど酷くないと、 私の場合出てこなくなるので) なんだかんだで、一度発症すると長くなりがちというか。 無理する状態が長いと余計にね。 けどね、思うのだけれど。 うちの親も含め、鬱病のことですら、理解してくれる人が少ない中、 (私はまだ東京という街にいる分、まわりの理解はある方だけど) そうした人たちに理解を求めるのは難しいことなのかなと思うことがある。 私も今日言われたけど、 田舎に住んでいる人は特に、偏見の目で周りから見られたり、 家族からも甘えるなとか根性がないからだって言われたり、 いろんな事があると思う。 けど、風邪を引いたときに熱が出たり、 喘息の発作で咳が続いたり、 食あたりで酷い腹痛などにおそわれたりするのと同じで、 鬱に希死念慮や自傷行為はつきものであり、それが症状のひとつなので、 それを偏見の目で見られたりするのは辛いことだと思う。 私はもう慣れっこだけど。 でもそうじゃない人もたくさんたくさんこの世の中にはいる。 ほんの小さな言葉で傷つき、自責の念に駆られる人がいる。 苦しみのあまり、死を選ぶ人がいる。 これだけいろんなキャンペーンをやっているように患者側は感じても、 気付いていない人の方がきっと多いような気がする。 4人に1人がなんらかの精神疾患を抱えるという世の中で、 やっぱり、自分の身に降りかかってこないと解らない人の方が多い。 うちもそうだったしね。 うちの相方も、鬱にかかって最初の1年くらいは、 理解をすることができずに、私がしてしまうことに対して、 腹を立てていることの方が多かったので、 そこで悪循環が起こってしまってた。 自傷行為をする→家族が酷く怒る→自責の念に駆られる→無限ループ といったことだよね。 これではちっとも病気は良くならない。 治療が長引いてしまうだけだし、状況が悪化してしまうだけ。 精神の病は、家族の理解が必要不可欠だと思う。 介護などと同様、とても周りは大変だけれども、 それがないとずーっと苦しい時間が続いてしまうのも事実だと思う。 母親に送るための資料を、リンクにある赤城高原ホスピタルのサイトから、 ピックアップしてプリントアウトしたのだけれど、 その病気を患っている自分でさえ、興味深いことが多い。 それくらい精神医療そのものも日本は後れを取っていると思うし、 当然、その分周囲の病気に対する理解も進まないのだと思う。 プリントアウトをしたものは、相方にも読んでもらおうと思ってる。 嗜癖問題やACのことについても細かいことが書いてあるので、 どう解決していけばいいのかの手がかりになったり、 どうしてそうしたことが起きるのかが判るから。 ここを通りすがった健常者の方、 精神疾患にかかっていない方、 よかったら赤城高原ホスピタルのサイトを覗いてみてください。 精神疾患とその引き金になるものがなんなのか、よく判ると思います。 そういえば昨日、バスルームで相方に発見されたとき、 相方の最初の一言は心配そうな顔で「怪我はない?」でした。 自傷行為をしているんだと思ったんだろうね。 でも、今日友達と電話をしていたら、 「慣れた対応だ」と言われたりした。 いろんな事があるけど、理解してくれる人がいるだけで、 どれほど救われるか。 どんな病気も同じように、家族の理解が必要。 心というのは、実は脳だということは、 ちょっと考えればすぐ判ること。 つまり精神疾患は脳の病気のひとつであることが判ると思う。 脳の病気ってわかりにくそうだけれど、案外そうでもない。 だから、理解をして、偏見を持ったりしないで欲しい。 心もバリアフリーであって欲しい。 私自身もどんな人にもそうでありたい。 いろんな人を理解し、 できるだけたくさんの人と手がつなげるように。 テーマ:病気と付き合いながらの生活 - ジャンル:心と身体 ![]() |
なんでこう、舌の根も乾かぬうちに。
この間、深く反省したばかりなのに。 確かに精神科医は言う。 「自傷行為や自殺未遂は常習性があり繰り返すもの」と。 でも、 ありがとうの日記と夢の地図を書くための、 ノートを買ってきてもらったのに、 何も書かないでそれはないよね。 今日の夕方、淡々と、計画を練り、 淡々と進め、 でも、実行する前に、これが効かなかったらにしようと、 バッチフラワーレメディの、チェリープラムを2滴。 希死念慮が強いときに、 自傷願望が強いときなんかにすごく効くヤツ。 そして、淡々と準備をして、 バスルームに閉じこもる。 最後くらい大好きなワインが飲みたいじゃない、と、 セラーからシャトー・パルメの94をそっとパニエに出して。 バスルームで、ワインを飲んでいたら、 死に対する恐怖感が襲ってきた。 チェリープラムが効いたらしい。 ワインを飲みながら、はあとため息をひとつ。 すると何故か、帰ってこないはずの時間に、 相方が帰ってくる。 最初こそ言い合いの喧嘩だったけれど、 最終的には仲直りして終わった。 お互いにごめんなさいって言った。 彼は私の開けたワインを、 「せっかくだから一口飲ませてよ」という。 一番上だよ、といってグラスを渡す。 まだ若いねと言って、 ゆっくり飲んだ方が良いよねといって、 彼はまた出かけていく。 泣いたり怒ったり落ち込んだり。 安心するとおなかが空く。 彼が漬け込んでおいたスペアリブの中華風をつまみに、 ひとりでゆっくりとワインを飲む。 もう一つのつまみは友達の歌。 私、あなたの曲の中では、 BOXERとAlphabet sherbetが好きよ。 何か余計なことを考えたときに、 美味しいワインを開けるのは、いいな。 でもうちのセラーには残り1本とかが多いんだよなあ。 二人で開けなくちゃもったいない。 パルメはまだ残り2本あるの。6本買ったから。 でもね、こんな懲りないことをしようとした話をして、 別の友達に話聞いてもらって。 敢えていつもの彼女ではなく。 自分の弱いところを知って欲しかったんだと思う。 私も弱い人間なのと。 でも本当に馬鹿。 苦しいのは一緒なのに。 相方とは、 ありがとうの日記と、夢の地図を、 お互いにつけようと言うことになった。 だって、私が彼の夢を考えても、意味がないでしょ。 彼が考えなくっちゃ。 私は私の夢を。 彼は彼の夢を。 そして互いに二人の夢を。 もう一緒に暮らして11年。 夫とか妻とかそういう肩書きなんかははなからないけど、 まるで戦友のような、同志のような関係。 これからもたぶんそれは変わらない。 私が前回のODの直前、 そんなに言うなら別れちゃえば、と訊かれたのに対して、 全く意識のない中で、 それはできない。大好きだし、愛しているから。 といったように。 苦しかろうと、辛かろうと、 いろんなハードルを越えながら、 私たちは共に手を取り合い、 足に紐をくくりつけて、 二人三脚で歩いていくんだ。 今日からありがとうの日記も、 夢の地図も書いていこうと思う。 親に宛てた手紙が見つからないので捜そう。 資料を送らなくちゃ。 少しでも前に進めるように。 ねじれを元に戻そう。 今日もありがとう。 私を救ってくれたたくさんの人、 そして、気にかけてくれた人、 心配している人。 シャトー・パルメの94と、中華風のスペアリブのマリアージュは最高。 まるで中国の怪しい子金持ちと、 秘密のバーで飲んでいるみたいな雰囲気になる。 ワインの造り手さんも、 スペアリブをつけてくれた相方もありがとう。 そして心地よい音楽をくれる友達も。 追記 外した結婚指輪を見てふと思った。 私たちの結婚指輪はちょっと特殊で、 私が最初の鬱になって、湯治に行ったとき、 思ったことを絵に描いたりしていたときに描いたことを、 よくデートに使った店でギャルソンをしていて、 今はとあるフレンチレストランのオーナーをしている友人に、 フランス語に訳してきれいな字で書いてもらったものを刻印してもらった。 「待っている人がいると言うことは、素敵なこと」 そうだよね。 素敵なこと。 忘れてはいけない、あの時の想い。 改めて噛みしめていこう。 刻印やトリートブルーのダイヤモンドを入れるのに協力してくれた、 吉祥寺の工房のオーナーと、 刻印を書いてくれた友人に、ありがとう。 テーマ:病気と付き合いながらの生活 - ジャンル:心と身体 ![]() |
何でこんなにかみ合わないのだろう。
確かに私にとってはハッピーなニュースだったけれど、 思いがけない言葉に、どうしたらいいのか判らなかった。 私がまだ、いわなければ良かったんだよね。 きっと、細かな部分の調整も済んで、契約も済んでから、 全部話せば良かったんだよね。 でも同じ事かな。 いずれは同じ問題が持ち上がる。 今までしてくれたことに感謝していない訳じゃない。 調子が悪いときにフォローをしてくれたことは何度もあったし、 それをしてくれたのもよく判っていて感謝してる。 それでも足りない? 毎回ちゃんとありがとうと言えなかったから? 毎回ありがとうって思ってるよ。 持ち出しになってる費用のことも申し訳ないと思ってる。 常に赤字にしかならないような仕事を、 支えてくれたこともありがたいと思ってる。 でもきっと思っているだけでは足りないんだよね。 そして、当然だけど、見返りが必要だった。 そうなんだよね、きっと。 どんな契約になるか判らないけど、 それを考えていないわけがない。 でもそんなものじゃ足りないのかな? どうすれば足りるんだろう。 これからどれだけのことをすれば足りるようになるんだろう。 私にもよく判らない。 少しずつ物事は動き始めてる。 動き出してから、どうなるか判らないし、 いい方向に動いたら、仕事をこなせなくなるかも知れない。 けれど、そんな将来の話より、目の前の事の方がきっと大切なんだよね。今は。 でも、まだ先の話。 年内に話が決まれば良い方だと思う。 それまでは自分にできることをするだけだと思ってる。 まだ先の話だし、配慮に欠けたものの言い方だったかも知れない。 毎回いろんなことでこの仕事のことには、 文句をいわれたりしながら進んできた。 申し訳ないと思いながらも、 今自分ができることをしようと、必死だった。 体調が悪いときにも当然撮影はあって、 そんな時にも力になってくれた。 すごく苦しい中での撮影。 材料費すら出ない中で、できる限りのことをしてきた。 ううん、してくれたんだと思う。 どんなものも、産み出すのは大変なこと。 とんとん拍子に決まりつつある今回の話は、 外の調整より、内側の調整の方が、難しかった。 契約がまとまって、ひとつにまとまったものが世に出ることになったとき、 喜んでもらえるんだろうか。 判らなくなって来ちゃったよ。 「君のキャリアにはなっても俺には何にも繋がらない」 なんていったらいいのか、判らないよ。 判らないよ。 テーマ:病気と付き合いながらの生活 - ジャンル:心と身体 ![]() |
昨日は、何となくよばれている気がして、
よく行く沖縄料理やさんに行った。 相方が、私が入院したことを話していたので、そのことも含めて。 良き相談相手でもあるママに報告する。 過去にこだわりすぎだと言われる。 未来を生きなさいと言われた。 出会った頃の私は、(10年以上前かな) ともかくよく笑う明るい人だと思われていたみたいで、 それが本来の私だと、考えているみたい。 違うんだよ。 明るいふりをしていただけ。 蓋を開けたらすごく苦しいことばかりが詰まっていた。 そんな私に戻って欲しいというママ。 でももう戻れないよ。 私は過去と対峙しないと、未来へは進めない、 ねじれた人生を送ってきて、これからもそうなのだから。 けれども、そういうことは、説明するのが難しいし、 理解してもらうのも難しいね。 過去を水に流せと言うけれど、 自分をおさえて、常に顔色をうかがいながら、 人と付き合っていくのは無理だ。 娘のいくちゃんが、 「そうして過去と向き合うことで、何をしたいの?」 と訊かれて、少し考えたあとでこう答えた。 「同じ病気の人で、同じように苦しんでいる人に、 こんな治療をしているとか、こういう考え方もあるとか、 辛い辛いって言うばかりじゃなく、前を向いて、 必ず治るんだよって知らせてあげたい。」 とおこがましいけれど、言った。 「その優しさは、他のことにも活かせるんじゃないかな」 そうかもしれない。 けれど、自分にできる事って何だろうって考えたとき、 仕事のこともそうだけれど、 自分の中にあるさまざまなことを、 誰かのためになるのなら、分けていきたいと思う。 私にできることを。 できる限りのことを。 私はもう、ただただよく笑うだけの、笑って自分を隠していた私とは違う。 少しずつ、変化している。 でもそれも、理解してもらうのが難しいなんて。 人の固定観念を打ち崩すのは難しい。 理解してもらうのは難しい。 だけど私は負けない。 周りにも、自分自身にも。 もう、負けたりしない。 やれるだけのことを全てやって、そして本当の笑顔が見せられたら。 やってみせる。 これからも今までのように。 力の限り、生きていく。 自分の内にある問題をひとつずつクリアしながら。 テーマ:病気と付き合いながらの生活 - ジャンル:心と身体 ![]() |
なんとなく、
眠る気分になれなくて、 この間病室で書いた母宛の手紙を、 読み返してみると、 あまりに感情的な感じもするし、 とても棘のある文章だったので、 一昨日買ってきた便せんに、改めて書き直した。 書き直して、もう一度よく読んで、直して。 私のことを解って欲しいという気持ちもあるけれど、 母に、私を手放したことの罪悪感から開放されて欲しいのだ。 高校生の時に言われた。 申し訳ないと思うから、一所懸命育ててきたのに。 ショックだった。 愛をもって育てたのではなく、 申し訳ないだけだったの? そう思った。 でも、今色々考え合わせると、 自分が手放さなければ、 辛い思いをさせずに済んだ。 そういうこともあったと思う。 というか、思いたいのかな。 でも、さっき書いたことは、私の本心。 親にもう「あの時あなたを手放したのは事実」 と、年を取っても言わせてしまう、 自責の念を残さずに、 最期には笑って欲しいから。 誰が悪いとか、そんなことじゃないんだよ。 母の話だけ聞くと、 父だけが悪いように聞こえる。 でも、本当にそうなのか。 それは、父の話を聞いてみなければ判らない。 最近はそんな風に思う。 叔母と、父に話を聞くこと。 それができて初めて、 私の中から消え去った虐待の記憶と、 それを産み出してしまった不幸な過去の経緯が初めて判るのだと、 私は思うようになった。 やっぱり二人の言い分を聞かないと、だめだなって。 納得できるまでやってみよう。 納得のいくようにできるのなら。 もやもやした気持ちが晴れますように。 そして、私の病気のことを親が理解してくれて、 私の治療の助けとなってくれますように。 手紙に、資料や、去年の番組のDVDを入れて送ろうと思っています。 思いが届きますように。 テーマ:病気と付き合いながらの生活 - ジャンル:心と身体 ![]() |
薬はしっかり飲んだものの、
いろんな考えがぐるぐるめぐって、 何だか眠れないまま夜が明けて、 そのまま、ベランダの植物の手入れをする。 今、時期もあるんだけれど、薔薇の花の黒星病が流行中。 きれいに葉を取って、薬剤散布をして、水をあげて、 最後に西洋オダマキの変わり咲き品種の種を収穫しようとしてしそびれる。 鉢を動かすだけでものすごい倦怠感。 で、またベッドに戻って、休んで、 仕事して、休んで。 ほんとに、食事するだけでも、結構疲れる。 まあ、自分が悪いからしょうがないけど、 仕事が思うように進まないのがなあ……迷惑かかるよなあ。 明日は頑張らないと。 今日の分を取り返さなくっちゃ。 でも無理せず、スロースタートでも、なんとか。 なんとかね。 テーマ:病気と付き合いながらの生活 - ジャンル:心と身体 ![]() |
長い長い、映画のような夢を見て目を覚ます。
そしてまた眠りにつき、仕事の連絡をしたりしては、 眠って、起きての繰り返し。 相方も「今は疲れてるみたいだから、休んで」と気を遣う。 本当は自分も疲れているはずなのに。 確かにあまりきちんと眠れていなかったのは、事実だけれど。 それは投薬のためもあったし、 HCUでは、トイレに行くにもナースコールをいちいちしないとならなかったり、 ものすごく精神的に拘束されている意識が強く、 それがストレスになっていたのもあるけれど、 それは自業自得でもあるし。 実は、ODをする前、 伯母に電話をしている。 お酒を飲んでいたわけでもないから、よほど精神的に切羽詰まっていたんだろうか。 母に伝えて欲しいことがあると伯母に電話した。 主治医にあって欲しいと言うことや、カウンセラーに会って欲しいというのは、 自分を理解して欲しいからだと。 伯母は「どうして良いか判らないからさ」と言っていたけれど、 私はただ、泣きながら「自分が今どうしてこういう状況にあるのか理解して欲しい」 と電話口で訴えて、 資料を送るから、読んで欲しいと伝えて電話を切り、 その少し後にODをしている。 相方に確認するのを忘れたけれど、 そのことを伯母や母が知っているかどうかは判らない。 意識が途絶えるまで電話で相手をしてくれていた友達は、 当然かも知れないけれど真っ先に相方に連絡をしているようなので。 病院で意識が戻ったときのことをふと思い出した。 意識が朦朧とする中、心療内科の先生と、救急救命の先生達が並んでいて、 心療内科の先生が、あなたの病気は何?と訊くので、 「PTSD」と答えた事だけ覚えている。 相方の話では、何度も意識を取り戻したり失ったりを繰り返し、 かなり朦朧とした中でぼんやりと質問に答えていたらしい話を聞いた。 その範囲では薬がごく少量しか処方されなかったのもよくわかる。 (デパケン1T、ルーラン1T、レンドルミン2Tが1日の処方量) 週末がかかっていたので、薬を増やすことが無理だったこともあって、 鬱病特有の、交感神経と副交感神経の働きの問題から、 昼間は眠れても夜眠れない状態が続いていた中、 眠れない時間帯に、鉛筆とコピー用紙をもらって、 伯母と母に今回ODに至った事に関する説明と、 病気を理解してもらいたい理由や、病気についてのことを 全部で5枚くらいに書いた。 そう、送ろうと思っていた資料は、プリントアウトしている途中でインクが切れ、 どうしたらいいのか、というやりとりを携帯のメイルで相方とするうち、 それにいらついた相方と私の間で喧嘩になり、 最終的にODしちゃったんだ……。 それすら忘れてしまうほど、私の気持ちも、 相方の気持ちもささくれていたし、いっぱいいっぱいだったんだと思う。 毎日毎日、顔をつきあわせては喧嘩のような毎日の中で、 もう精神的にもたなかったんだなと、今振り返ると自分でもよくわかる。 自分で自分を追い詰め、相手を追い詰め、その結果が今回のODだと思う。 でも、親のことも、大きかったよね、やっぱり。 やっぱり理解してもらうのは無理なのかという苦しさも、 悲しみも含めて。 今でも、不思議なんだけれど、薬をちゃんと飲んでも悲しくて、 ある種絶望的な気持ちに囚われているような気がする。 バッチのセラピストの先生が、 運悪いことにメイルを送った数日後に出血し、 出産のために急遽入院ということになって、 「ともかくミムラスとチェストナットバッドだけは切らさないで」 というメイルが来ているので、 それを元に、手元にあるものに少し買い足しをして、 トリートメントボトルを自分で作ってみようと思う。 どうしても解って欲しい気持ちが自分の中にあって、 助けて欲しい気持ちがあって、 どうにもならずにいる自分を、開放してあげなければ。 資料を送るから、とか、手紙を書くと言った行為も、 みんなそこに繋がっているのかも知れない。 理解を得ることで、初めて歩み寄れる。そんな気持ちから。 終わったことは水に流す、という言葉があるけれど、 同じ事を繰り返して、赦しあえないのには理由がある。 私だけが原因ではないから。 それを認識して欲しい。その一心なんだと思う。 自分のトラウマと向き合い、ひとつひとつ昇華させていくことでしか、 私にはたぶん、過去に起きたことを乗り越えることができなくて、 いつまでも抜けない大きな棘が刺さったまま、 その周りが化膿してしまっているような状態の心から、 膿を出してあげないと、傷を手当てしてあげないと、 本当の私を生きられないのではないかという苦しさでいっぱいで。 今はもうちょっと引いて、俯瞰したところから見られるけれど。 親にも私を棄てた、という罪悪感から解放されて欲しいと、 今は思っているし、その希望は捨てていない。 みんな最期は、笑えるように。 今はそんな風に思ってる。 そのための努力。 そんな感じかな。 今回のことを、もし知らないのだとしたら、 伯母と母に打ち明けるのは止めようと思う。 泣いて電話しただけで十分だと思う。 二人を傷つけ、また罪悪感を与えたくない。 今、迷っているのは、主治医へどう相談するか。 実は、今から主治医に電話して、訊こうと思っていることがあるのだけどね。 以前から自律神経の調子が悪いのかと思っていた高体温の原因が、 どうも婦人科系のものではないかなと。 出血の具合とか、なんかおかしいことが2ヶ月続いたところで気が付いた。 遅すぎ?ジプレキサを飲んでからだからたぶん副作用。 高プロラクチン血症がでているとすれば、 無排卵月経とかで出血が極端に少なくなったりするし……。 不妊症に繋がる病気なんだよね……そういう点でも怖いな……。 とりあえず、先生の確認を取ってみようと。 そして、今回のことを、説明すべきかどうか……。 正直に打ち明けてしまった方が気持ちは楽かも知れないけれど。 でも、ODをしないという、一番最初の約束を破ってしまったということで、 先生にもう診てもらえないかも知れないと、 ODするときもそればかり考えて、友達にもそれを言っていたくらい、 先生に診てもらえなくなることが怖かったのだ。 今は、そうなったら仕方ないから、 他の先生を当たろうと考えられるけれど、 それも大きなストレスになることを自分も判っているし、 自立支援法の手続きの問題や、 相談しようと思っていた、障害者認定の問題も含め、 一番自分の状況を判ってくれている先生がいなくなるのは、やっぱり痛い。 でも自業自得なんだよね……。 手段が違っていたら、許されたんだろうか。 正直私にもよく判らない。 前回休養入院を勧められたときは、 手段こそ違ったけれど、やはり解離の最中に首を吊ってるわけで……。 今回は解離がなかったけれど、 解離しているか否かもそうだけれど、 「自殺未遂」には違いがないわけで。 だけれど、医療側の人間からしたら、 自分は希死念慮から助けたいから出している薬を、 「悪用」されているんだもんね……。 あまり今深く考えるのはよそう。 とにかく、今は目の前のことを。 目の前にあることをひとつひとつクリアしていこう。 無理しない範囲で。 無理せず、自分を追い詰めず、常に少し引いた位置から自分が見られるようにしないと。 ちなみに、今回母に渡す資料を読んでいて判ったのだけど、 (リンク集の「赤城高原ホスピタル」の中にあります) PTSDという病気が、他の精神病と合併を起こす確率は80%。 鬱病やパニック障害といった病気を合併するのは、当たり前のことで、 何度も何度も、再発するのは不思議なことではないのだ。 そして、PTSDも寛解するのだ、ということ。 寛解するのなら、それを目指したい。 できることなのなら。 さあ、そろそろ時間だ。 先生に電話して、確かめてみよう。 何か訊かれたら、正直に答えよう。 私自身のために。 テーマ:病気と付き合いながらの生活 - ジャンル:心と身体 ![]() |
今日の午後、退院してきました。
みんな本当にごめんなさい。 自分でも、一番してはいけないことだと思っていたことを、 自ら選んでしてしまう前に、 きっとできたこともあるはずなのに、 そこに思いが至らなかった。 本当に今、反省しています。 みんなを悲しませたり、 心配させたり、 怒らせたり……。 それ以上のものがもっとたくさんあると思うけれど、 私が自分自身から逃げようとしたことは確かであって、 それで辛い思いをさせた人もたくさんいて。 本当に、ひとりひとり、実際に会って謝りたいくらいです。 自分のことにいっぱいいっぱいで、 周りのことが見えなくて、 ただ自分だけが苦しくて辛いと思って。 でも自分だけじゃなく、同じように思っている人もいるんだよね。 夫婦であれば、鏡に自分が映っているような物で、 自分が辛いときは、相手も辛いのは当たり前のことだよね。 私も、人間だから、気持ちが揺らぐこともある。 今回みたいに、自分を見失ってしまうこともあると思う。 でもそこで立ち止まれるように。 立ち止まって自分を俯瞰して見ることができるように。 そんな自分になれるように努力しなければ。 そしてみんなありがとう。 私のために泣いてくれた人、 私を好きだよって言ってくれた人、 そのままでいいよって気付かせてくれた人、 私を叱ってくれた人、 私をたしなめてくれた人、 私を慰めてくれた人、 私を心配してくれた人、 私のために心を砕いてくれた人、 そして私が意識を失う直前まで、電話で話を訊いてくれて、 救急車を呼んでくれたあなた。 あなたがいなかったら、私は命を落とすか、 今頃もっと深刻な症状に悩まされていたと思います。 本当にありがとう。 私を取り巻く全ての物と、 私の周りにいてくれる全ての人に感謝し、 ひとつずつ、ひとつずつ、 大きな事も、小さな事も、クリアしながら、 これからも、授かった命を大切にしていきたいと思います。 命はひとつしかなく、 途中で諦めてしまったら、またやり直すことはできないのだから。 病院でほとんど眠ることができなかったので、 今日はゆっくり眠ろうと思います。 さっき、夕飯を食べたけれど、 相方がわざわざ買ってきてくれたのか、 冷蔵庫にはプレミアムモルツとニッポンプレミアムが、 飲み比べてご覧、と言うかのように並んでいて、 美味しくいただいたところです。 皮肉なことに、今回の入院で、 肝数値が正常値に戻るという(今まで通常二桁) 今まであり得なかったことが起きてしまったので(笑)。 アセチルシステインを毎日5回も飲まなければいけなかったのは辛かったけど。 自業自得だし、肝数値なんて、おまけだよね。 もしまた、私が、 私自身に負けそうになったら、 私自身を愛し、命を大切にできなくなったら、 立ち止まることがきちんとできるよう、 一歩一歩の歩みを大切に踏みしめながら、 しっかりと前を向いて歩いていけるように、 その時はまた、みんなに助けてもらうことがあると思うけれど、 そういうことはなるべくないように、 しっかりとしていこうと思います。 本当に心配をかけてごめんなさい。 そして、本当に、本当にありがとう。 入院する前に黒星病にかかって可哀想なことになっていた、 いくつかの薔薇の花たちは、 花こそ終わったものの、 きれいな葉だけを残して、しっかりと生きていました。 私も負けずに生きるよ。 過去にも、現在にも、そして自分にも。 そんなエネルギーをくれる全てのものや人たちに感謝しながら。 (以上他サイトにも掲載しています。同じものでごめんなさい) **************************** 今回のことで、何を飲むと危険で、どんな治療をするのか、 具体的なことが判りましたが、 他の方へのことも考え、入院中のことに関しては書くのを差し控えたいと思います。 初めてICUからHCUに移されるという入院をしましたが、 それらの治療は意識が戻るまで周りも辛いですし、 意識が戻ってからは自分がとても辛い思いをします。 また、措置入院などについては、少し自宅で自分を見つめ直しながら、 本当に必要かどうか考えた上でして行ければと思います。 本当に、ご心配をおかけし、申しわけありませんでした。 そして、私を心配してくださり、心を砕いてくださった方々に感謝しております。 この気持ちを忘れないように、命を大切に、 自分から逃げることなく生きていきたいと思います。 テーマ:病気と付き合いながらの生活 - ジャンル:心と身体 ![]() |
携帯からだからあまりたくさん書けないかもしれないけど、
13日の夜、久しぶりに本格的なODをしてしまいました。 薬を100錠くらいまとめて飲み、 本気で死のうと考えていたので、 そこにウォッカを1瓶飲んで。 記憶にないのだけど、友達に電話したらしく、 電話の途中で応答がなくなったことと、 飲んでいた薬の種類を考えたときに何が起こるか判らないと思い、 友達が救急車を呼んだそうです。 病院に着いてICUで処置するにも、服薬から二時間以上経過していたため、 胃洗浄はせず、薬とお酒で痛んだ肝臓への負担を軽減するための処置などをしたようです。 今回私が死を選んだのは、 私が死んだら、人にこれ以上依存症などで迷惑を掛けずに済むと言うことと、 死んで悲しいのは一時のことではないか、ということに、心の天秤が傾いたことが 一番大きな原因です。 私を励まし支えてくれた方々や心配してくれた人たち、そして私を慕ってくれた沢山の方。 本当にごめんなさい。 明日退院しますが、状況が許すなら暫く休養入院するつもりです。 相方と家に帰ってからの生活のことを現実的に考えられないほど疲れているようなのと、 今の仕事は入院しても一時帰宅すれば可能だからです。 母にも理解を促す上で手紙を書きました。別に参考になりそうな資料も添えるつもりです。 これで理解や協力を仰げなかったら、母が私に言ったのと同じように言うつもりです。 「こんなに苦しい病気と闘っているのに目を背けられるくらいなら、 死んだ方がずっとマシだ」と。 今後どうして行くかは、退院して、いろんな人に意見を訊いた上で考えたいと思います。 相方とも少し離れた方がよさそうなので。 ただベランダの植物が心配です。自動灌水機つけてないので。 ともかく、心配かけてごめんなさい。 テーマ:病気と付き合いながらの生活 - ジャンル:心と身体 ![]() |
いろんな事をしてたら3時くらいになっちゃって、
寝る前の薬を減らしたら結局眠れなくて…… 気が付いたら空が白んでいました。 今日は起きるのが遅かったので、 夕方、慌ただしく仕事をして、病院へ。 発熱の方は、もう気にしないことにして、 体温を測るのを止めて、普段からなるべく動くようにしようとかしていて、 私がものすごい薄着をしていて、それでエアコンをドライ設定にしたりしていると、 相方が寒いから止めてというほどになると、おかしいなと思って熱をはかって、 やっぱり熱があったりするとクーリングしたりとかするようにしていること。 そんな感じにしておくと良いよ、やれることは少なくても、といわれる。 それから、このところの近況を話した。 母から届いた荷物は嬉しい物が詰まっていたけれど、 開けていく毎にふるえが止まらなくなり、 最終的には母親の顔色をうかがっていた頃の自分に、 引き戻されてしまうのではないかという強烈な恐怖感で一杯になったこと。 その後自分ではとても怖くて伯母にすら話せないので、 相方に頼んで伯母に電話してもらい、 事情を話すと、伯母は伯母で、このところ急に距離が縮まったから、 何となくそのことを危惧していたようではあるのだけれど、 母も伯母も、私の主治医やカウンセラーに、 私の今の病状や状況を聞きに行く意志はないということがわかったこと。 他にも、私の仕事の関係で母が絡みそうな仕事が出てきて、 それをどうにか、私と母とは別に連絡をして欲しい、 会うときも1人で打合せに行ってもらうように関係者に頼むことや、 そうして仕事が絡むことで、最初に鬱を患い、悪化したときの原因となったような、 最後の最後でやっぱりできないといわれ、巻き込まれる恐怖感があるということ。 先生は言った。 「病院とかそういうところに来ると、 親が悪いんだって怒られるんじゃないかって思ってるんじゃないの?」 先生にそういわれて、 「違うんです。こういうところに来ること自体がダメなんです。 世代的にも偏見とかがあるのかもしれないし、 最初の鬱の時、カウンセラーから親御さんにも問題があるから、 カウンセリングに来るようにいわれたことを伝えたら、 『そんなところに行くんだったら死んだと思ってくれた方がマシだ』 と言われていますから……」 先生はちょっと苦々しげな顔をして、 「大きな隔たりだね」 といわれた。 皮肉だよね。 親がいなかったら私は生まれてこなかったのに、 たった一度のミスのために、私は病気を患うことになり、 その病気に偏見を持ち、理解するために歩み寄ることのできない母。 母の中では、いつまでも物わかりのいい、元気でよく働く子、なのだ。 実際は違うのに。 私は、ブランド物のバッグとか、そんな物はいらない。 もちろんもらって、嬉しい物もあるけれど、 私が望んでいるのは、物を与えられる事じゃない。 私を理解してくれること。たったそれだけのことなのだ。 子どもの頃と、何も変わらない。 物を与えることで愛情を表してきた母は、 未だにその形を変えることもなく、 母が思っている私が、本当の私だと思っている。 ほんの少しのことなのに、 それはとても大きな壁として私と母の間に立ちはだかり、 私はその壁の影で怯え、 母はもう元通りだと思っている。 何故解り合えないのだろう。 何故解ろうとしてくれないのだろう。 私は憎んでもいなければ、恨んでもいないのに。 ただ、今後の治療の上で、 一番大切な人に理解者になって欲しいと思っているだけなのに。 母が理解してくれることが鍵になると、私が思うのは間違いなのだろうか。 一生解り合えないんだろうか。 きっと、誰が説得したところで、応じてはくれないのだろう。 母は、自分がのんびりとした老後を送れることだけを考えているようだから。 先生からは、 「ともかく自分を守ること。それだけ考えるように。」 そういわれた。それは承知しているつもりだ。 依存症のことも話した。 オークションのウォッチリストにともかく入れて、 それを眺めることで、買わずにおくこと。 ひとつ買ったら、たがが外れて、 ともかく買うことに気持ちが行ってしまうから、 どうにか踏みとどまること。 自分ができる範囲でしていくこと。 それでしばらく様子を見るように言われる。 買った薔薇の苗のひとつが、 葉がすっかり黄色くなってしまってなんだろうと思っていたら、 今度は黒星病にかかってしまったらしい。 梅雨にはつきものの、湿気と風通しの悪さから起きる病気。 雨が上がったら、薬を買いに行こう。 液肥も買わなくちゃいけないし。 でも、そんな病気にかかっていながらも、 薔薇の花はきれいな花を咲かせていた。 枯らさずに、守っていかなければ。 その命を。 病気と闘いながら、懸命に花を咲かせる、その命を。 テーマ:病気と付き合いながらの生活 - ジャンル:心と身体 ![]() |
今朝、大きな箱が届いた。
最後の、花の苗の箱。 ミニバラやらつる薔薇やらともかく薔薇が一杯。 昨日は酷い二日酔いでできなかったから、 今日ベランダのラックを組み立てて、買っておいたスリットポットに移そう。 土、足りるかな。 植物は、飽和状態なのでもう買えないし、 今はまだ自分の経済状態が良いわけではないので、 大好きなアクセサリーを買うには無理があって。 でも、見つけてしまった。 新しいターゲット。 タイニー・ベッツィーっていう8インチドール。 家には2体だけあって、その後買っていなかったんだけどね。 かわいいから欲しいと思っていたんだけど、 ちょうど買おうという購買意欲が出てきたときにモデルチェンジしちゃって、 その後手を出してなかったんだけど、 去年くらいからまた以前と同じような顔だちの子がでるようになったので、 欲しい気持ちがむくむくとわいてきて、 いま、ヤフオクのウォッチリストにはベッツィーとアウトフィットで一杯。 見つけたとき、私、笑ってた。 まるで、獲物を見つけたみたいに。 今うちにいるブライスも、何気に新作チェックはしているけど、 どうも欲しい子がでないので、買わずにいたし。 ベッツィーだったら今の仕事の原稿料で十分買える値段。 色々頑張れば買えちゃう値段。 酷くならないように気をつけないと。 バッチフラワーのセラピストさん、今月が臨月で、 来月はお休みだから、 レッドチェストナットだけは買って、切らさないようにしないと……。 今日は頑張ってベランダの花たちを整理しよう。 エアコンも使う時期になってきたから、室外機前の植物に気をつけないといけないし。 命あるものも、そうでない物も、買った物はせめて大切にしようと思う。 使わないと言うことがないようにしながら。 テーマ:病気と付き合いながらの生活 - ジャンル:心と身体 ![]() |
昨日の夜、相方が伯母さんに電話してくれて、
いろいろと話しをしてくれたらしい。 伯母さん自身も急にそうして接近するようになっていたので、 ちょっと危惧していたようだったそうだ。 でも、ちゃんと病状を主治医に聞きに言って欲しい、と話すと、 答えはノー。 心療内科や精神科という病院の門をくぐるのがいやなのだ。 何年も前、 「親御さんにも問題があるから、親御さんもカウンセリングを受けた方が良い」 といわれたときに 「そんなところに行くくらいなら死んだと思ってくれた方がマシだ」 といわれたことを思い出した。 精神疾患に対する偏見。 未だに親の世代くらいになると、 そうした偏見を持つ人がいるんだなと思ってしまった。 それと同時に、自分の子どもの病気が自分のせいだと思いたくないのだろうし、 それに向き合うつもりがないんだなと改めて思わされた。 本当に、死ぬまで向き合うことができないんだろうか。 理解してもらうことができないのだろうか。 私は既に、母の子どもではないのではないか。 もし自分の子どもが傷ついてそうした病院に通うことになったとき、 実家に住んでいたら家族に理解を求めるために、 主治医は家族と一緒に来てくれと必ずと言っていいほど言うはずだ。 それにも応じないのだというのだとすれば…… つくづく、こうしていろんな事があっても、 私が苦しんでいたところで、 それを理解することもなく、 ただ「棄てた」事を後悔し、 申し訳ないという気持ちだけをもって私を育て、 最後にはお嫁に出してしまうことで私をまた棄てたのだ。 もう関係ないから、そっちで勝手に解決しろと。 解決ができないから、協力して欲しいと言っているのに。 心療内科の門をくぐると言うことが、 そんなに大きな壁だろうか。 4人に1人が精神疾患を持つと言われる今、 それでも偏見を持ち、そうした人と関われないのだろうか。 それがたとえ、自分の子どもであっても。 私は誰に、助けを求めたらいいのだろう。 テーマ:心的外傷後ストレス症候群(PTSD、C-PTSD) - ジャンル:心と身体 ![]() |
荷物を開けてふるえと恐怖感が来て2日。
昨日の夜、伯母に聞きたいことがあるついでに、 私が母に近づくペースと、 母が私に近づくペースが違いすぎ、 私がついて行けないことを話すつもりで電話をした。 でも言えなかった。 怖くて言えなかった。 親は今回のことを、私はもう手紙をもらって真実を知ったことで、 チャラにしていると思っていることは想像に難くなく、 私が様々なトラウマと闘いながら、 それでも距離を縮めようと必死になっていることには気付いていないのだと思う。 昨日は1人でいるのがとても怖かった。 友達に電話したら言われた。 「ともかく外堀から埋めていけ」と。 父の姉に会って話を聞くこと、 祖母の住んでいたところに行くこと、 近所の人から話を聞くこと、 祖母が埋葬されている実家のお墓に行くこと。 ともかくそうして、外堀を埋めていけと。 ゆっくりでもいいから、自分のペースでしていけばいい、と。 なかなか実際、それに着手できていないわけだし。 主治医に電話をして相談をした。 伯母とで良いから一緒に診察室に入って、話しをするのが良いだろうと言われる。 でも、その状況で私は絶対、本当のことを話せないと思う。 怖くて話せないと思う。 恐怖に怯える自分を見せられないと思う。 見かねた相方が、伯母さんに電話で説明をしてくれることになった。 そして、彼が通院するときに伯母さんが付き添いで行って、 事情を細かく先生から説明してもらう、と。 でも先生もちょっと渋っていたみたいで。 上手く行くかは判らない。 けれどこのままのペースで荷物が届き続けたら、 私はまた体調を崩してしまうことは確実だ。 何とかそれを食い止めないと…… 引き戻されそうな恐怖と、急激に近くなることの恐怖。 私はやっぱり、子どもの時と同じように親は恐怖の対象でしかないんだ。 これを乗り越えるには、伯母さんや親の協力が不可欠。 上手く行くだろうか。 どうか、上手く行くことを願って。 テーマ:心的外傷後ストレス症候群(PTSD、C-PTSD) - ジャンル:心と身体 ![]() |
昨日不在配達が入っていた荷物が母から届いた。
ちょっと仕事がらみで小物でも送ってきたのかと思ったら、 それは全く違う物だった。 開けてみると、パッキン代わりのタオルと共に簡単な手紙が添えられ、 中に入っていたのは、帯を崩して作ったテーブルセンターや、 涼しげな単衣の紬、 津軽塗りの使っていない下駄など、 もう使わないものを送ってくれた物だった。 津軽塗りの下駄は前から欲しいと思っていたから嬉しかったし、 単衣の紬も仕立て替えれば着られるので、大切にしようと思ったけれど、 荷物をあれこれ開く度に、体の震えが止まらなくなってしまった。 怖い。 怖いのだ。 母なりの、おそらく愛情表現でもあるこうした荷物も、 急に母との距離が近づく感じがしてすごく怖いのだ。 お願い、引き戻さないで、近づかないで、と思う。 まだやっぱり、母の存在が怖い。 また傷つけられるんじゃないかという不安がつきまとって、 ただただ怖いのだ。 いつになったらこういう恐怖感から解放されるのだろう。 さっき、レスキューを飲んだ。 恨みや憎しみはないけれど、恐怖の対象であることに変わりがない。 私はまだ、母に傷つけられたことを引きずっていて、 それに近づくのが怖いのだと。 いつになったらその恐怖心が消える日が来るのだろう。 テーマ:心的外傷後ストレス症候群(PTSD、C-PTSD) - ジャンル:心と身体 ![]() |
| 雨の夜も、晴れた朝も |
日々のよしなしごと、そして闘病記録。
|
最近の記事
|
|
|
|
|
|
最近のコメント
|
|
|
|
|
|
最近のトラックバック
|
|
|
|
|
|
カテゴリー
|
|
|
|
|
|
ブロとも申請フォーム
|
|
|
|
|
|
ブログ内検索
|
|
|
|
|
|
RSSフィード
|
|
|
|
|
|
リンク
|
|
|
|
|
|
Powered By FC2ブログ
|
|
|
|
|